これまでにも限定モデルとしてキングセイコーの名が登場することはあったが、

しかし2022年のそれは待ち望まれたブランドとしての復活であり、キングセイコーの新たな夜明けとなる意義深い出来事となった。

初代キングセイコーが登場した60年代初頭は、東京が大きく様変わりしようという時期でもあった。街の風景ばかりでなく、生活習慣や社会のスピード感が変わっていくなか、新たな都市のライフスタイルにふさわしいモダンな時計が求められた。そんななか、デイリーユースにふさわしい実用性・デザイン・価格をバランスよく提供し当時の人々に受け入れられたのがキングセイコーだった。ブランド復活に当たり、かつてのキングセイコーが備えたものづくりの哲学も継承。新しいキングセイコーの開発のベースにはブランドらしさが最も強く打ち出されたモデルとして、1965年に登場した2代目のKSKが選ばれた。

KSKは平面で構成されたシンプルで潔いラウンドケースに、太い針とインデックス、ラグが力強さを伝える一方、12時位置には優美なライターカットのインデックスをさり気なく配し、個性をアピールした。こうしたオリジナルのモチーフを継承しつつ最新技術を盛り込み、現代的な美意識でその魅力に磨きをかけた。新設計のブレスレットはシャープな質感にも関わらずしなやかな動きで肌当たりも柔らかく、長時間つけても心地よい装着感を重視。かくして日常を豊かに彩る現代のエレガンスウォッチとしてキングセイコーは再構築されたのである。デビュー翌年には新たに日付表示を備えたシリーズも登場。さらに新たなダイヤルのカラーバリエーションや装飾スタイルを加えてきた。

そして2024年。キングセイコーの名が広まるなか、新たなコレクションとして導入された新作がKS1969である。

モチーフとなったのは、その名が示すように1969年に登場しブランドの歴史に名を残す45KCM。KCMとはキングセイコー カレンダー クロノメーターを意味し、10振動の45系手巻きムーブメントを搭載したことで時計愛好家から知られている。その高精度にふさわしい新たなデザインとして採用されたのが、それまで主流だった2代目のKSKのような多面構成とは異なる優美な曲線からなるよりドレッシーなケースであり、それはキングセイコーにおける第3の転換点に位置づけられるようなブランドを代表するスタイルになったのである。

丸みを帯びた優美な造形を現代によみがらせ、よりドレッシーに昇華

キングセイコーに加わったKS1969は、ラグが一体化した丸みを帯びたケースが特徴だ。これは60年代後半に登場し大きなデザイントレンドになった、いわゆる樽型のケースラインを思わせる。ともすればそのフォルムに目を奪われがちだが、キングセイコーにおいては薄さの追求こそが肝要と商品企画担当者の大宅宏季氏は言う。

「大前提として、キングセイコーは昔のモデルを復刻させるのではなく、かつてのキングセイコーから普遍的なデザインを見いだし、それを現代の技術でアップデートさせていくということがコンセプトとしてあります。その上で今回はよりドレッシーなスタイルに方向を定め、現代的な要素として自動巻きムーブメントを搭載しながら薄型で手首になじむデザインをテーマとしました。そこで選ばれたのが1969年の45KCMであり、キングセイコーの新たな表現として生まれたのがKS1969ということです」

デザイナーの松本卓也氏は45KCMのディテールについてこう説明する。

「こうした樽型のフォルムは、これまでにもかつてのキングセイコーなど60年代のほかのモデルでも採用していました。ただそのなかで当時の45KCMが目指したのは薄さだったのではないかと思います。それは横から見たときにも一目瞭然です。ケースのラインはラグの先端に向かって下げて細く絞っていくとともに、ケース上面の曲面曲率を変えることで視覚的に薄さを演出し手首にフィットする感覚も巧みにデザインしています」

一般的な造形手法では側面の厚みが残ってしまい、ただ型抜きしたように見えるが、有機的な曲面で構成し優美な薄さを表現した。

「どうしたら美しいプロポーションを持った時計が作れるか。数多ある樽型ラウンドケースで、キングセイコーならではの理想の造形を当時のデザイナーが追求していたことが伝わります」と松本氏。大宅氏がこれに続ける。

「2代目と呼ばれるKSK以降、搭載ムーブメントの多様化とともにデザインの幅も広がりました。そのなかで45KCMはそれまでの直線基調から曲線的な新しいデザインを取り入れ、型にはまらないクリエーションをした点で、以降のモデル展開に当時影響を与えたと言えます。だからこそ新しいキングセイコーの次なるモデルにふさわしいと考えたのです」

新作のKS1969では1969年の45KCMの特徴を継承しつつさらに磨きをかける一方、新しいキングセイコーならではの現代的なデザインを取り入れている。松本氏はこう説明する。

「12時のインデックスは、デザインコードとして今後ブランドのひとつのアイコンになると考えました。既存のコレクションではオリジナルにも見られたライターカットを再現しましたが、KS1969では新たに“矢羽根”をイメージしたV字形の立体的な模様を入れ、的に向かってまっすぐ突き進んでいく矢のように未来に向かって前進する躍動感を表現しました。オリジナルの時・分針はケースに合わせた繊細なシェイプの中央にラインの入る峰カットだったのに対し、KS1969では3面カットにしました。多面になることで光を受けて視認性が向上し、美観にもつながっています」

新設計した多列ブレスレットもコレクションに新たな魅力を添えている。駒の長さを短くすることで滑らかに動き、表面にカーブをつけてドレッシー感を醸し出す。これも60年代のキングセイコーのブレスレットからヒントを得たと言う。ちなみに販売されているオプションストラップとは互換性があるので、好みによって換装もできる。

特筆すべきはダイヤルだ。レギュラーでシルバー、パープル、グリーンを揃えるが、一般的なブラックやネイビーなどのカラーは今のところラインナップされていない。

「キングセイコー発祥の東京から着想を得たカラーコンセプトに基づき、シルバーは東京のビル群やモダンな風景を表現し、グリーンでは世界の都市のなかでも公園が多い東京の緑をイメージし、葉が重なり合う様を表現するためにグラデーションを施しています。まったくの新色となるパープル(江戸紫)は、江戸時代に京都の京紫に対して江戸ならではの紫を染め物で表現したことから生まれ、歌舞伎でも親しまれました。そうした由来から東京都のイメージカラーにも使われており、東京らしい色ということで選んでいます」と大宅氏。そしてそれぞれのカラーの美しさを引き出すのが仕上げと松本氏は説明する。

1日限りの時計イベントを楽しんだ。

インターセクトウォッチショーは2021年に誕生した。ノダス ウォッチがブルワリーで主催したシンプルな時計ミートアップであり、パンデミックの影響で45人に制限された参加者を迎え、そしていくつかの友好的なブランドが展示のために時計を提供した。

先週ダウンタウンのロングビーチで開催されたインターセクト ロサンゼルス 2024には600人以上の参加者が集い、私はそのうちのひとりだった。インターセクトはもともとロサンゼルスから始まり、オースティンやアトランタでもイベントが開催され、さらに多くの開催地が計画されているが、今回のイベントはこれまでで最大の規模であった。20以上のブランドが参加し、フォーメックス、ノダス、ジャックメイソンの3ブランドが共同でインターセクトの組織と運営を行った。

インターセクトは規模と野心を拡大しながらも、当初のブルワリーで行われていたミートアップの雰囲気をほぼ維持している。この日のショーは、一般的に社会通念上許容される時間より少なくとも1時間前には、コールドコーヒーではなくたっぷり注がれたビールが提供された。フードトラックからは30個のタコス・アル・パストールが注文され、真夜中を過ぎてもロングビーチに来ることができる人たちのために配られた。

少なくとも数回は、地元のコレクターとともにソファに座り、彼らが所有するヴィンテージやマイクロブランドウォッチなどが詰まったウォッチロールを広げる場面があった。これがインターセクトを一般的な“トレードショー”とはひと味違ったものにしている。依然として時計は販売されていたし、実際にいくつかは売れたが、どちらかというと気軽な集まりといった雰囲気である。

私は1日中カメラを構え、ブランドの展示はもちろん南カリフォルニア中から集まった時計愛好家たちの手首に輝く時計まで、あらゆるものを見て回った。会場であるブルワリーの2階にある風通しのいい空間では、クラフトビールや驚くほど美味しいニューヨークスタイルのピザが提供されるなど、リラックスした雰囲気である。賑わってはいたものの、しばらくぶらぶらしてから自身の時計について話をしたい人のためのスペースも用意されていた。ショー自体で利益を上げるのではなく、参加ブランドが運営費を分担しているため少しゆったりとしたムードであり、ショーを“価値あるもの”にしようとするプレッシャーも少ない。

次回のインターセクトショーは11月にテキサス州オースティンで開催される予定だ。詳細は彼らのサイトで確認してもらうとして、ここではロサンゼルス版の写真をお楽しみいただきたい。

ノダス×レイブンによるトレイルトレッカーは、参加ブランドから発表された今年の新作のなかで最もお気に入りの1本。ジェームズ(・ステイシー)もこちらのレビューで気に入っているようだ。ノダスとレイブンの両ブランドもインターセクトL.A.に参加していたようだ。

ノダスの創業者であり、インターセクトウォッチショーの発案者でもあるウェスリー・クウォック(Wesley Kwok)氏。

彼はノダスのセクターGMTを着用。

クリストファー・ウォード ベル カントは、このようなショーでは常に目立つ存在である。そのチャイムを聞くために人々が列をつくり、その音色はいつも驚きとよろこびをもたらす。

スタンダード H(Standard H)のウェスリー・スミス(Wesley Smith)氏は、ストラップ・ハビットとのコラボレーションによる新しいストラップをIWC トリビュート・トゥ・3705にセットし、身につけていた。

ヴェロ オープンウォーター 38

マットのスティールケースとセラコートベゼルが、楽しくも控えめな雰囲気を醸し出している。

ヤヌス・モーターサイクルズとのコラボレーションによるロリエ ランブラー(8月発売予定)。36mmのヘサライト風防、ミヨタ製ムーブメントを搭載し、価格は500ドル(日本円で約7万7000円)だ。ヴィンテージの雰囲気がトラブルなしで味わえる。

クリストファー・ウォード スーパーコンプレッサーの楽しいアレンジ。そう、これはダイバーが潜水する際、水圧を利用して裏蓋をガスケット(パッキン)に押し付けることで防水性を高める、本物のスーパーコンプレッサーケースである。

ミドーの“レインボーダイバー”(のちほど登場)をほうふつとさせるデザイン。

フォーメックス フィールド オートマティック。サンドブラスト仕上げのチタン製だ。

ワンちゃんも大歓迎。

アスター&バンクスの新しいシーレンジャー M2をチェックしている。こちらはふたつのリューズとインナー回転ベゼルを備えている。

最高のGMTマスター 6542。

この素晴らしいコレクターは、“Watches In The Wild: アメリカ時計大紀行 エピソード3”にて、別の時計を着用している様子を見ることができる。

ジャックメイソン ストラトオータイマー GMT

シールズの“シーストーム”モデル…これは素晴らしいスキンダイバーウォッチだが、私はブランドの次なるデザインに期待している。

先日リリースされたノダス キャニオン “スターリーナイト”は、マット・ファーラー(Matt Farah)氏とのコラボレーションにより誕生した。ブルーの文字盤は夜空からインスピレーションを得ており、ゴールドアクセントのパーツが少しドレスアップした雰囲気を加えている。

文字盤が主役だが、私はノダスがキャニオン(およびほかのいくつかのモデル)で採用しているリューズも気に入っている。しかも、このリューズはねじ込み式だ。

Mk IIは、おなじみのヴィンテージやミリタリークラシックに現代的なアレンジを加えたモデルだ。

カルティエのサントスを身につけながらクリストファー・ウォードの商品を眺めるのには、何かとても魅力的なものがあると思う。

ヴィンテージのロレックス デイトジャスト 1601、グレーの“ゴースト”ダイヤル。

新しいファーラー モノプッシャー GMT。

フォーメックス エッセンス“スペースゴールド”。フォーメックスとその姉妹会社であるデメックスは常に革新を続けており、その新しいゴールドメテオライトダイヤルはその一例である。

フォーメックスはメテオライトをカッティングしたあと、それを18Kローズゴールドでメッキする方法を考案した(メテオライトは鉄分を多く含むため電気メッキが可能なのだ)。

ゴールドといえばヴィンテージのゴールドホイヤー カマロだろう。

シェイ(Shay)氏がオリンピックの精神を感じさせるオメガ シーマスターを眺めている。

ジギーとノダス。

マリン インスツルメンツ スキンダイバー。ポーラーダイヤル、ブラックPVDケース、そして気の利いたベゼルインサートが、洗練された美しいダイバーズウォッチを生み出している。

グランドセイコーは本年最初のリリースのひとつとして、新作SLGH027を発表した。

これは、40mm × 11.7mmのエバーブリリアントスチール製ケースにブレスレットを組み合わせたモデルで、ブランドの約80時間パワーリザーブを誇る9SA5ハイビートムーブメントを搭載している。この時計にはグランドセイコー デュアルインパルス脱進機が採用されており、スイスレバー脱進機ではない量産型脱進機としては、コーアクシャル脱進機に次ぐ2例目となる。しかしながら、この時計の真の魅力は、いかにもグランドセイコーらしいダイヤルにある。

グランドセイコーはこれまで幾度となく(少なくとも2006年以降)、機械式時計のデザインにおいて、日本の活火山のひとつである岩手山からインスピレーションを得てきた。今回も例に漏れず、火山の稜線や、空から見た山の姿など空気と水が織りなす情景をモチーフとしている。

ケースはエボリューション9スタイルに属し、ザラツ研磨による美しい仕上げが施されているほか、視認性を高めるために力強い溝入りの時・分針とインデックスを備えている。時計にはエバーブリリアントスチール製のブレスレットを組み合わせており、この素材は高い耐食性を持つ。さらに精巧に磨き上げられたヘアライン加工がダイヤルの明るい色調と絶妙に調和している。

同ムーブメントはツインバレル式で、約80時間のパワーリザーブを実現している。ただしこの時計を手に入れたいなら、80時間以上は待つことになりそうだ。発売は5月を予定しており、1200本限定(うち国内700本)だ。価格は146万3000円(税込)となっている。

我々の考え
冬の情景を思わせるダイヤルトーンと、ハイポリッシュされたケースやブレスレットとのコントラストが新作の魅力なのだろう。ただ個人的には、ダイヤル中央から放射状に広がるこの稜線模様に強く引きつけられる。過去のモデルを思い起こさせるこのデザインは、サンバーストのように力強く広がり、荒々しさと精巧な磨き上げが融合し、両者の美点を兼ね備えている。

少し高い価格だと感じられるなら、それはこの時計が約80時間パワーリザーブを備えたハイビート自動巻きムーブメントを搭載しているからだ。これはグランドセイコーの機械式ハイビートムーブメントでも最高峰に位置する。確かに近年はどのブランドも価格がじわじわと上昇している。

とはいえSLGH019(ブライトチタン製)も同価格で、さらにSLGH009(エバーブリリアントスチール製、550本限定)も同じ価格設定だったことを考えると、グランドセイコーとしては妥当な価格と言えるだろう。

SLGH027
基本情報
ブランド: グランドセイコー(Grand Seiko)
モデル名: エボリューション9コレクション(Evolution 9 Collection)
型番: SLGH027

直径: 40mm
厚さ: 11.7mm
ケース素材: エバーブリリアントスチール
文字盤: 放射状パターンのライトブルー
インデックス: アプライド
夜光: なし
防水性能: 100m
ストラップ/ブレスレット: エバーブリリアントスチールブレスレット、ワンプッシュ式3つ折れクラスプ(クラスプの一部に18Kローズゴールドとチタンを使用)

SLGH027
ムーブメント情報
キャリバー: 9SA5
機能: 時・分表示、センターセコンド、日付表示
パワーリザーブ: 約80時間
巻き上げ方式: 自動巻き
振動数: 3万6000振動/時
石数: 47石
クロノメーター: なし(日差+5〜-3秒)
追加情報: スクリューバック(シースルー)

価格 & 発売時期
価格: 146万3000円(税込)
発売時期: 2025年5月10日発売予定
限定: あり、世界限定1200本(うち国内700本)

H.モーザー パイオニア・トゥールビヨン バーガンディが登場

日常使いに適したトゥールビヨンを展開するブランドは決して多くないが、そのなかでもH.モーザーはそうしたモデルを継続的に発表し続けている。今回、モーザーは最も実用的なトゥールビヨンモデルである40mm径のパイオニア・トゥールビヨン バーガンディをアップデートした。

このモデルの見どころは、何といってもバーガンディのフュメダイヤルだ。サンバースト仕上げが施されたダイヤルは、ベゼルに向かってブラックへとグラデーションを描く。ダイヤル外周にはレッドゴールド製のアプライドインデックスが配され、視認性を確保するために見返しにはスーパールミノヴァ®を用いた時刻表示が施されている。そしてもちろん、モーザーのクラシックなデザインを象徴するリーフ針も健在で、こちらにもスーパールミノヴァ®が塗布されている。トゥールビヨンの開口部は非常に目を引くもので、このモデルの主役として位置づけられている。その存在感を際立たせるため、ブランドロゴは極めて控えめな表現として光が当たったときにのみ見える透明ラッカー仕上げが施された。

パイオニアのケースはそもそも比較的コンパクトだが、短めのラグもあって手首の上での収まりは良好だ。このモデルは5N レッドゴールド製ケースにバーガンディダイヤルを合わせた仕様であり、蛇のモチーフは見当たらないが旧正月を意識したカラーリングであることは間違いないだろう。ドーム型のサファイアクリスタルを備えたケースの厚さは12mmだが、ブランドによるとケース自体の厚さは10.4mmに抑えられているという。以前ステンレススティール製でブルーのパイオニア・トゥールビヨンを試したことがあるが、細めの手首にもよくフィットするつけ心地だった。サイン入りのねじ込み式リューズを採用し、12気圧の防水性能を実現しているため、トゥールビヨンを装着したまま泳ぐことだって可能だ。週末の楽しみ方によって、この時計を選ぶのも悪くないだろう。

ダイヤルの開口部からは、改良されたCal.HMC 805の大型トゥールビヨンケージが見える。旧モデルのスティール製トゥールビヨンに搭載されていたCal.HMC 804と大きく異なるわけではないが、近年行われた3針ムーブメントのアップデートと視覚的に統一されたデザインとなった。ムーブメントの構造もより興味深いものになっており、ブリッジの多くがスケルトナイズされ、よりコントラストの効いたアンスラサイト仕上げが施されている。そしてもちろん、モーザーの象徴ともいえるダブルヘアスプリングがトゥールビヨンとともに存分に鑑賞できる仕様となっている。

興味深いことに、この時計にはカーキグリーンのラバーストラップが組み合わされている。防水性能を備えたトゥールビヨンにラバーは理にかなっているが、カーキグリーンという選択には少し驚かされた。ただ誤解しないでほしい。意外にもよくマッチしており、赤を強調しすぎるよりもバランスが取れていると思う。しかし、この配色がオーナーのカスタマイズではなく、ブランドの意図として取り付けられている点には少なからず意外性を感じた。

H.モーザー パイオニア・トゥールビヨン バーガンディの価格は1071万4000円(税込)で、すでに販売中だ。

我々の考え
この時計は非常に魅力的であり、トゥールビヨンを検討しているなら同カテゴリのなかでも優れた価値を持つ1本と言えるだろう。モーザーに対する個人的な印象だが、同ブランドの時計はコレクター向けという側面が強い。実際にモーザーのオーナーたちは、すでに多数の時計を所有しているという人が多い。このモデルも、まさにそうした層にとって興味深い選択肢となるはずだ。

同時に、高級時計の複雑機構を備えながら、あらゆるシーンで着用できる1本を求める人にとっても有力な選択肢となるだろう。モーザーの時計は目立つことを避けたい人にとっても適したものとなっているが、それでも腕元にソリッドゴールドの塊を乗せている以上、その点では限界があるかもしれない。

また、キャリバーを新世代のデザイン言語へと少しずつアップデートしている点も好感が持てる。過去のモデルも同様の仕上げに刷新されるのか、それとも新たなカラーバリエーションが登場して順次入れ替わっていくのかは気になるところだ。生産の観点から見れば、キャリバーの仕上げを統一する方が合理的だろう。いずれにせよこの時計を実際に手に取るのは楽しみであると共に、これを身につけてそのまま海へ飛び込むという豪快なオーナーに会うのも待ち遠しい。

基本情報
ブランド: H.モーザー(H. Moser & Cie.)
モデル名: パイオニア・トゥールビヨン バーガンディ(Pioneer Tourbillon Burgundy)
型番: 3805-0400

直径: 40mm
厚さ: 12.0mm
ケース素材: 5N レッドゴールド
文字盤色: バーガンディ
インデックス: アプライド
夜光: あり
防水性能: 12気圧
ストラップ/ブレスレット: カーキのラバーストラップと5Nレッドゴールド製クラスプ

伝統ある時計メーカーの歩みと未来。

マサチューセッツ州チェルシーにある三角の形をした小さな工場、チェルシークロック。100年以上にわたり、大統領、海軍、数え切れないほどの著名人、そしてクラシックなアメリカ時計を求めるすべての人々のために時計を手作りしてきたこの工場は、苦難の時代を乗り越えてきた街のランドマークであり、これまで会社を支えてきた。しかし、次の100年に向けた準備として、チェルシークロックはまもなく現在の場所を離れ、より近代的な施設へと移転する予定だと、J・K・ニコラス(JK Nicholas)最高経営責任者は語る。今回は、アメリカの時計づくりのランドマークである、この建物のなかをご案内しよう。

「この建物には、何ともいえない味わいがある」と、ニコラス氏は現在の工場について語る。「でも、本当に実用的ではないこともわかります」

 実際、そのとおりだった。

 建物は古くて窮屈だ。そして21世紀の競争を勝ち抜くには、製造工程を可能な限り改善することが現実的な選択肢となる。しかし、ニコラス氏は遠くへ移転するわけではないと語る。チェルシーはこれからもチェルシーにあり続ける。

 引っ越しの準備が始まる前に我々は工場のなかを見学し、チェルシークロックが何世代にもわたって真摯な手仕事へのこだわりを貫きながら、どのようにして生き残ってきたのかを確かめたかった。

チェルシークロックの数々。

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 クラシックなチェルシークロックはもともと船のブリッジや操舵室での使用を想定して設計された、真鍮製の船鐘と気圧計をセットにしたものだ。チェルシーを象徴するこれらのアイコニックな製品が、この会社を100年以上支えてきた。船の当直(英語で“watch”と呼ばれる)は、伝統的に4時間交代で行われる。チェルシーの船鐘は、船員に当直の交代を知らせるために設計されている。時計は30分ごとに1回鳴り、以降30分ごとに音が追加され、4時間経過すると合計8回の音で当直の終了を知らせる。このサイクルが、次の当直でも繰り返される。

ティファニー向けのチェルシークロック

ハーバード大学やオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ向けの文字盤が準備完了。

 一方でチェルシーは、自社で組み立てた最新の手ごろなクォーツウォッチ、海軍艦艇向けに特別に製作された時計、退役した海軍用時計の修復品、そしてもちろん船鐘のさまざまなバリエーションまで、幅広い製品を展開している。

 また個人や企業向けに特注時計の製作も行っている。訪問時には、職人たちがハーバード大学、ティファニー、オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブなど多様な特注製品の製作に取り組んでいた。

製造途中のイタリア製真鍮ケース。

イタリア製真鍮時計ケースを磨く作業。

 チェルシーの時計と気圧計は、鍛造された真鍮でつくられている。イタリア製の重厚な金属(6フィートモデルでは7ポンドの重量)と革張りのハンマーがチェルシー特有のクラシックな鐘の音色を生み出している。時計はすべて自社で製造されており、その工程は1900年に特許を取得して以来ほとんど変わっていない。

文字盤のシルバー加工。

シルバー加工済みの文字盤1枚と、未加工の真鍮製文字盤3枚が並ぶ。

 時計の製造はチェルシー工場の地下室から始まる。高品質のイタリア製真鍮が旋盤にかけられケースへと加工される。そのあと職人がケースを手作業で磨き込み、完璧な仕上げを施す。真鍮の文字盤には数字が刻まれ、手作業で銀溶液が塗布される。この銀溶液には意外にも酒石酸クリームが含まれている。この工程が文字盤の特徴的な銀色を生み出しているのだ。

船鐘のムーブメント用の真鍮部品をフライス加工する作業。

 同じ地下室では、職人たちがガシャンと音を立て、油を滴らせながら動く古い機械を使い、365個の部品からなるムーブメントの小さなホイール、ギア、スピンドルをひとつひとつ製造している。そのなかには宝石を使用したエスケープメントも含まれる。こうして地下室でつくられた部品は、小型の運搬用エレベーターで上階に運ばれ、そこで職人の手によって組み立てられる。

時計のムーブメントを調整する上級時計職人ジャン・ヨー(Jean Yeo)氏。

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 上級時計職人のジャン・ヨー氏は52年間チェルシーで働き、ムーブメントの組み立てをはじめとしたほぼすべての時計の文字盤加工や打刻を担当してきた。訪問時、彼女は後継者を育成している最中だった。印象に残った注文について尋ねると、彼女はボストンの熱心なスポーツファンらしくボストン・ブルーインズの伝説的選手ケン・ホッジ(Ken Hodge)の名前を挙げた。さらにジョー・ケネディ(Joe Kennedy)に会えたこともうれしかったと付け加えた。さらにエルビス・プレスリー(Elvis Presley)が注文した6インチ(約15cm)の船鐘時計60個も、特に印象に残っていると語った。

ケーシング直前のムーブメント。

 チェルシークロックは、アメリカの政治史にも特別な足跡を残している。これは歴代の大統領が執務室で長年使用してきたのだ。下の写真では、ハリー・S・トルーマン(Harry S Truman)大統領が閣僚とともに宣誓を行っており、その背後のマントルピースにチェルシークロックが置かれている。

チェルシークロックを背に、宣誓を行うハリー・トルーマン大統領と閣僚。

 チェルシーが今直面している大きな課題は若い世代のコレクターの関心を引くことだ。チェルシークロックに熱心なコレクターの多くは、いわゆる“グレイテスト・ジェネレーション”と呼ばれる世代で、ヨットマンや戦時中に従軍した海軍関係者などが多い。チェルシーは高品質なアメリカ製品への関心が再び高まるなかで、新しい世代のコレクターがチェルシークロックに魅力を感じることを期待している。

「チェルシークロックには宝飾品のような付加価値はありません」とニコラス氏は語る。「実際のところ、それは家庭用インテリアです。しかしニッチな愛好家にとっては、機械仕掛けの芸術品でもあるのです」

アメリカ政府の24時間時計。

 ニッチなコレクター層を超え、より幅広い人々にアピールすることがニコラス氏のチェルシーに対するビジョンの核心だ。彼は約7年前にこの会社を引き継いだ。彼によればその計画は新しいデザインを取り入れられるよう、チェルシーの立ち位置を見直すことだった。つまり工場に新たな活力をもたらし、グローバルな材料調達やエンジニアリングへの再投資といった21世紀型の製造プロセスを導入することだった。さらに、ニコラス氏は修理・整備事業の拡大にも取り組んできた。

「準備が整わないうちに、デザインを取り入れることは避けたかったのです」とニコラス氏は。「もう1度、開発とものづくりができる体制をしっかりと整えたかったのです」。しかし基盤が固まった今、ニコラス氏は“デザインを再び、新製品の原動力にするにはどうすればよいか?”と問いかけている。

 チェルシーの移転計画はその問いに対するひとつの答えだ。しかしこの変化があったとしても、チェルシーが“高品質な手づくりによる機械式時計製造”に対するこだわりを捨てることはない。それこそがチェルシーの根幹であり、だからこそこのブランドは100年ものあいだ存続してきた。そしてその姿勢こそが、これからの100年もチェルシーを支え続けることになるとニコラス氏は語る。