カルティエのヴィンテージ タンク サントレが物語る修復の未来。

1920年から1960年までカルティエが生産した腕時計は1万5000本にも満たない。ちなみに1905年に創業したロレックスが100万本目の時計を製造したのは1960年頃で、同時期のパテックの生産本数は50万本程度と推定されている。

そのため、ヴィンテージのカルティエウォッチは希少である。本当に珍しいのだ。この話を持ち出したのは、今春のオークションシーズンでカルティエのヴィンテージウォッチがあまり出品されない、ちょっとしたオフシーズンだったという話が上がったからだ。そのなかでも特筆すべきロットは、1920年代製のプラチナ タンク サントレである。私はオークションプレビューの際、この実物のサントレを見てもピンと来なかったと書いた。ただ市場は私の考えをまったく気にしていない。この時計はクリスティーズで4万スイスフラン(日本円で約653万8000円)というエスティメートだったにもかかわらず、30万2400スイスフラン(日本円で約4585万円)で落札されたのだ。それ以来、世界有数のディーラーのうちのひとりが、この時計を“オークションシーズン最高のトロフィー”と称していた。

ヴィンテージのプラチナ カルティエ タンク
5月のクリスティーズにて、35万ドル以上で落札されたプラチナのカルティエ タンク サントレ。

この重要な結果は、私の見解がみるからに間違っていたことを示唆していたということだ。それを認めることになんら問題はない。ところで私はこのタンク サントレについて、そして今日の時計収集における希少性と復元の意味について、もう少し掘り下げてみる価値があると考えた。

オークション前に説明したように、このサントレの文字盤は1999年にカルティエによって修復されたものである。オークションカタログのサムネイル画像を見て、最初は現代のカルティエだと思ったほど(の修復)だ。文字盤はバーティカルサテン仕上げを施したシルバーという非常にモダンなデザインで、20年代製のヴィンテージカルティエの文字盤にこのようなものはなかった。この時代の代表的な文字盤はオフホワイトであり、しばしば美しいパーチメント(薄茶色)カラーに経年変化していくようだ(100周年記念のタンク サントレはこれを再現している)。その上、このプラチナ製サントレのケースは、すべてサテン仕上げを施していた。ほとんどのヴィンテージサントレでは、細長いブランカード(担架のように見えるケースシェイプ)がポリッシュ仕上げされているのがわかるが、この仕上げは現代の限定版サントレでも再現されている。こうしてカルティエが修復のために預かったサントレは、1926年製でありながら1999年製の時計のように見えるように仕上がったのである。

100周年記念のタンク サントレ

しかし、1920年から1960年までのカルティエ タンクの生産本数は2000本にも満たない。そしてそのなかで最も望まれているのは、現代のコレクターの好みに合った大きくて薄く、細長い形状のタンク サントレだ。これらはドレスウォッチで水に強いとは言えなかったため、ほとんどの文字盤はひどく損傷しているか、時間の経過とともに失われているものばかり。その希少性に加えて、この特別な個体は元の所有者の家族からの出品であり、1926年(この年にカルティエが製造したタンクはわずか135本だった)に委託者の叔父から譲り受けたものであった。以前にも述べたように、最近のコレクターはどんな属性よりも“市場に出たばかり”かを重要視している。だからこそ、私やほかの人がモダンなデザインの復元をどう思ったかにかかわらず、35万ドルで落札されたのだ。

確かにヴィンテージのロレックスやオメガ、あるいはパテック フィリップを評価する際にはコンディションが最も重要なポイントかもしれないが、それらの時計は何十万という玉数があることを忘れてはならない。一方カルティエは、60年頃までは年に数百本しか腕時計を製造していなかった。つまりカルティエの時計はどれもが希少ということになる。コンディションはそれほど問題ではなく、復元がどれだけ忠実かどうかもそれほど重要ではない。要は希少性なのだ。

“忠実な復元”について意見を述べる
フレッド・アステアのカルティエ タンク サントレ
その席には、俳優のフレッド・アステア(Fred Astaire)が友人のフェリックス・リーチ・ジュニア(Felix Leach Jr.)にプレゼントしたタンク サントレも姿を見せた。過去数十年のある段階で、カルティエはこの時計を入手し、最終的に修復を施した。これは80年代のオークションカタログに文字盤が損傷した状態で初めて掲載されていることからわかる。しかしリーチ・ジュニアのサントレの修復はオリジナルに忠実であり、ホワイトダイヤル、特徴的なインデックス、ポリッシュ仕上げのケースサイドなどすべて保たれていた。

ホワイトゴールドの、非常によく似たタンク サントレが2021年11月のフィリップスオークションに登場し、約29万ドル(日本円で約3182万8000円)で販売された。オークションに出品される前、この時計はカルティエが2年間にわたって復元を行い、オリジナルに忠実な形で再生を遂げた。その時計は、ある日本の著名なカルティエコレクターから譲り受けたもので、彼は当時私に連絡を取ってくれて、修復前の写真を見せてくれた。そこには100年ものあいだ、風雨や水の浸入、その他あらゆるもので摩耗された文字盤が写っていた。これらの2本のヴィンテージタンク サントレは、クリスティーズで販売されていたプラチナの個体よりも、時計本来の美観へと忠実な復元が施されているようだ。

ヴィンテージウォッチを愛する多くの人と同じように、私もコンディションとオリジナリティを大切にするように教えられてきた。ヴィンテージウォッチに魅力があるのはそのためであり、復元をすることでその美しさを奪ってしまう(と思う)のだ。しかし私たちが最近改めて思い知らされたように、修復は現代の時計収集のひとつの常識である。ここで話しているタンク サントレは100歳の誕生日を迎えようとしており、自然なままの状態やオリジナリティを完全に望むことはできない。特にカルティエのヴィンテージウォッチはすでに希少価値が高く、そのような期待を抱くことはディーラーやオークションハウスにとって逆のインセンティブを生む出す可能性がある。

ヴィンテージロレックスの場合、何十万本もの時計が生産されていたなかで(しかも実際には防水性にも優れていた)良好なコンディションを保った、日々出合える何十ものありふれた例から収集可能な個体を区別するものだ。ヴィンテージ カルティエの場合は、これに当てはまらない。

一方で、この例のように最近修復された時計がオークションで数十万ドルに達することを不思議に思う。なかには意図しない結果もあるかもしれない(これはどのようなコンディションのヴィンテージウォッチであっても購入し、 “忠実な修復”のためにメーカーに送り返すことを期待するインセンティブになるのではないだろうか?)。クライアントが新しい時計をカスタマイズする、カルティエのNSO(ニュー・スペシャル・オーダー)プログラムに似ていると感じるかもしれない。ここでいう“カスタマイズ”は、あくまでもオリジナルの時計をベースにしたものである。ロレックスやパテックなど、復元した時計を単に“手つかず”であるかのように見せかけられる、コンディション重視のコレクションで起こりうるものとは異なり、このようなメーカーの復元は容易にわかるというのがこれからコレクターになる人にとって朗報である。

一方で希少なものは希少のままで、20年代のタンク サントレほどレアなものはない。これらの時計があと100年存在し続けるには、そのほとんどに手を加える必要がある。私の意見は文字どおりオリジナルの時計の美しさを復元する、忠実なレストアの価値を認めるべきであり、代わりに現代の美的感覚や流行に合わせた自由な修復を避けるべきだということだけだ。これらの古い時計はヴィンテージを超えてアンティークになっていくにつれ、おそらくこれがオリジナルの魅力を維持する唯一の方法なのだろう。

アトリエ・ド・クロノメトリーのユニークピース、AdC17を紹介しよう。

7年経った今、オーダーメイドウォッチへの需要は、その仕上がりの素晴らしさと同じぐらい強いようだ。
先週、アトリエ・ド・クロノメトリー(Atelier de Chronométrie)がInstagramにユニークピースを投稿したとき、私は心を奪われた。
その最新作、AdC17 ラトラパンテ(AdC17 rattrapante)は、直径39mmに厚さ13.3mmのグレーとローズゴールドの18K製ツートンカラーケースに、ゴージャスなガルバニックローズゴールドのツートンカラーダイヤルを備えた、とにかくゴージャスなモデルである。ダイヤルにはローズゴールドのバーインデックスとブレゲ数字、ローズゴールドとブルースティールの針、そしてローズゴールドのリューズとプッシャーが配されている。針、リューズ、プッシャーのローズゴールドの色調は、ダイヤルのローズよりも明らかにイエローが強く感じられる。これは時として衝突することもあるが、このモデルではうまく機能している。
本当はHands-Onで紹介したいところだが、今回は残念ながらほんのひと握りの写真で我慢してもらいたい。カスタムメイドであり、そして現在3人の従業員で構成されるこのブランドの年産10本のうちの1本であるため、私がAdC17を実際に見ることはおそらくないだろう。しかし提供された4枚の画像からでも、アトリエ・ド・クロノメトリーとこの時計を依頼したクライアントについて多くを知ることができる。ここで1歩引いて見てみよう。
バルセロナを拠点とするビスポーク時計製造チームについて初めて取り上げたのは7年前だが、当時は信じられないというコメントもあった。そのうちのひとりはハイエンド市場が“縮小”しているなかで、高額なオーダーメイドウォッチの需要はどこにあるのかと考えていたようだ。このエピソードは、ここ数年のブームをそのとき誰も予想していなかったことを物語っている。そのあいだにもアトリエ・ド・クロノメトリーはOnly Watchのためのふたつの時計や、今年発表された初の自社製キャリバーなど、魅力的な作品を発表し続けている。
この時計に対する私の最初の感想は、AdC17の、そしてアトリエ・ド・クロノメトリー全体をさらに素晴らしいものにしているのは、ここ数週間で議論を巻き起こし、我らがトニー・トレイナによる素晴らしい記事のきっかけとなったものだ、というものだった。これはオマージュなのか? ほかのブランドによる“芸術性”の引用なのだろうか? 私はそうは思わないが、この時計がヴィンテージ趣味の持ち主によってデザインされたことは明らかだ。コルヌ・ドゥ・ヴァッシュのラグ、ブレゲ数字、ツーレジスターのレイアウトは、多くのブランドからインスピレーションを得たものだろうが、決して特定のブランドが独占しているわけではない。
コルヌ・ドゥ・ヴァッシュのラグはヴァシュロン・コンスタンタンの時計に使用されていることで知られているが、JLCも同じケースサプライヤーを使用し、コルヌ・ドゥ・ヴァッシュのラグを採用していることが多い。ブレゲ数字も、パテック(と当然ブレゲ)がクロノグラフの代名詞としているとしても、多くのブランドで使用されている。初期のパテック Ref.130を彷彿とさせるダイヤルには長めのバーインデックスと、ブロック体のローマ数字の代わりにブレゲ数字が12時と6時に配されている。ツートンカラーのケースもRef.130のバリエーションにインスパイアされたものだろう。
アトリエ・ド・クロノメトリーに連絡を取り、デザインプロセスについて詳しく聞いた。すべての時計は、それぞれの顧客にとって唯一無二のものであり、決して同じものは作られない。顧客は多くの場合、アイデアを持ち込んできて(なかには何も考えずアドバイスを受け入れる人もいる)、それを元に図面、2次元イメージ、3次元イメージが作られる。この場合、顧客は航空分野が非常に好きだったため、ノット単位で表示されるタキメータースケールなど独自のアイデアを提案した。デザインが固まったらキャリバーとケースの製作に入る。今は注文が多いので、納期は約3年となっている。
AdC17 Chronograph
ムーブメントはヴィンテージのヴィーナス179をベースに、パラジウムメッキのブリッジ、ピンクゴールドメッキのホイール、SSの装飾に、ブラックのポリッシュ仕上げが施されている。センターのラトラパンテホイールはチタン製だ。
ブランドは私にこの作品の価格を教えてくれなかったが、コレクターに話を聞いた結果、おそらく6桁ドル前後であろうことは間違いない。その価値があるかどうかは、それを見る人の目にかかっている。目新しい自社製ムーブメントがあれば、もっと強い主張ができると思う。しかしデザインについては、私がオーナーになれたらと思うほど美しく仕上がっている。
ジャズの世界では、自分のバリエーションを演奏する前に、そのベースとなる曲の基本を知っておかなければならないと考えられている。ジャズのスタンダードナンバーを自分なりにアレンジしようとする前に、人々は『リアルブック(原題:Real Book)』に載っている曲のあらゆるソロやバリエーションを研究する。ポップスからロックまで、あらゆるところで内輪ネタのように登場する短いフレーズ、“リック”というものもある。偉大なミュージシャンたちでさえ、互いの演奏のソロのバリエーションを披露し合う。
私はAdC17をそのように見ている。誰かが偉大な作品の優れた部分を取り入れ、それを自分のものにしたのだ。そして、実際に見ることができないのが残念でならない。
アトリエ・ド・クロノメトリー AdC17。機械式手巻き時計、スプリットセコンドクロノグラフ。直径39mm 、厚さ13.3mm、グレーおよびローズゴールドの18K製ケース。“ヴィーナス179”をベースにした手巻きムーブメント、パラジウムメッキのブリッジ、ピンクゴールドメッキのホイール、SS製の装飾、ブラックポリッシュ仕上げのパーツ。9時位置にランニングセコンド、3時位置に30分積算計。ガルバニック仕上げのローズゴールド製ツートンダイヤルにノット表記のタキメータースケール。18Kローズゴールド製の針4本とブルースティール製の針2本。カスタムオーダーも受け付けている。

リシャールミルの人気モデルの値段を紹介するとともに、

リシャールミルの値段はなぜ高い?人気モデルの定価を一挙紹介

リシャールミルは、数百万円から億を超える価格帯で取引される超高級時計ブランドです。この記事では、リシャールミルの人気モデルの値段を紹介するとともに、素材・構造・生産方法など多角的な視点から、高額である理由を詳しく解説します。

リシャールミルとは?

リシャールミル(Richard Mille)は、2001年に創業した比較的新しい高級時計ブランドです。創設者のリシャール・ミル氏は「時計界の革命児」として知られ、従来の高級時計の概念を覆すような革新的なアプローチで業界に衝撃を与えました。

F1レーシングの先端技術を時計製造に応用し、超軽量かつ耐衝撃性に優れた腕時計を次々と生み出しています。ラファエル・ナダルやフェリペ・マッサといったトップアスリートが着用し、あらゆる状況でも機能する頑丈さと精密さを兼ね備えています。

また、伝統的な高級時計ブランドが歴史や伝統を重視するのに対し、リシャールミルは最先端の技術と素材にこだわり、革新性を追求しているのが特徴です。

リシャールミルの人気モデルの値段
リシャールミルの腕時計は、最も手頃な入門モデルでも数百万円からスタートし、限定モデルともなれば1億円を超えるものも珍しくありません。ここでは、人気モデルの定価目安を紹介します。

なお、公式サイトには具体的な価格は記載されておらず、正規販売店で直接問い合わせるか、実際に購入申し込みをしないと正確な定価がわからないケースもあります。あくまでも目安として参考にしてください。

モデル 定価(約)
RM 011 オートマティック フライバック クロノグラフ フェリペ・マッサ 約1,500万円
RM 012 トゥールビヨン 約5,000万円
RM 027 トゥールビヨン ラファエル・ナダル 約4,700万円
RM 052 トゥールビヨン スカル 約4,708万円
RM 056 トゥールビヨン クロノグラフ サファイア 約1億5,400万円
RM 056 ジャン・トッド 約2億4,750万円
RM 11-04 オートマティック フライバック クロノグラフ ロベルト・マンチーニ 約7,000万円
RM 52-05 トゥールビヨン ファレル・ウィリアムス 約3億1,460万円
RM 057 トゥールビヨン ジャッキー・チェン 約4,900万円
RM 011 オートマティック フライバック クロノグラフ フェリペ・マッサ
RM 011 オートマティック フライバック クロノグラフ フェリペ・マッサは、F1ドライバーのフェリペ・マッサとのコラボモデルです。フライバッククロノグラフや12時間積算計、60分カウントダウンタイマー、デイト表示を搭載しています。定価は約1,500万円です。

RM 012 トゥールビヨン
RM 012 トゥールビヨンは、建築的なデザインを追求したパイプ構造を採用し、スケルトン仕様のモデルです。30本限定の展開で、定価は約5,000万円です。

RM 027 トゥールビヨン ラファエル・ナダル
RM 027 トゥールビヨン ラファエル・ナダルは、テニス選手のラファエル・ナダルとのコラボモデルです。重量20g以下の超軽量設計が特徴で、定価は約4,700万円です。

RM 052 トゥールビヨン スカル
RM 052 トゥールビヨン スカルは、スカルモチーフを大胆に配置し、ムーブメントの一部として機能するモデルです。15本限定の展開で、定価は約4,708万円です。

RM 056 トゥールビヨン クロノグラフ サファイア
RM 056 トゥールビヨン クロノグラフ サファイアは、ケース全体にサファイアクリスタルを使用し、スケルトン構造を強調したモデルです。5本限定の展開で、定価は約1億5,400万円です。

RM 056 ジャン・トッド
RM 056 ジャン・トッドは、FIA会長のジャン・トッドのキャリア50周年記念モデルです。全面サファイアクリスタル製で、定価は約2億4,750万円です。

RM 11-04 オートマティック フライバック クロノグラフ ロベルト・マンチーニ
RM 11-04 オートマティック フライバック クロノグラフ ロベルト・マンチーニは、サッカー監督のロベルト・マンチーニとのコラボモデルです。カーボンTPTケースを採用し、定価は約7,000万円です。

RM 52-05 トゥールビヨン ファレル・ウィリアムス
RM 52-05 トゥールビヨン ファレル・ウィリアムスは、音楽プロデューサーのファレル・ウィリアムスとのコラボモデルです。グレード5チタンを使用し、定価は約3億1,460万円です。

RM 057 トゥールビヨン ジャッキー・チェン
RM 057 トゥールビヨン ジャッキー・チェンは、ジャッキー・チェンの中国名「成龍」をモチーフにしたデザインのモデルです。36本限定の展開で、定価は約4,900万円です。

リシャールミルはなぜ高いのか?

リシャールミルの腕時計が数千万円、時には1億円を超える価格で取引されるのには、単なるブランド力以上の明確な理由があります。ここでは、製造工程や素材選びから販売戦略まで、リシャールミルの腕時計が高額である理由を詳しく解説します。

高級素材を使用
リシャールミルの腕時計は、カーボンTPTやグレード5チタン、シリコンナイトライドなど、F1マシンや最新の航空機にも使用される先端的な素材を採用しています。

超軽量でありながら驚異的な強度を持ち、例えば重さわずか30グラム程度のモデルが1,000G以上の衝撃にも耐えるという驚くべき特性を実現しています。テニスプレイヤーのラファエル・ナダルが試合中に着用しても支障がないほどの軽さと頑丈さです。

しかし、リシャールミルの腕時計に使用されている先端素材は非常に高価で、加工も極めて難しいため、部品製造だけでも膨大なコストがかかります。また、素材開発自体にも莫大な研究費が投入されているため、最終価格に大きく反映されています。

画期的な構造と複雑機構
リシャールミルの腕時計は、見た目の美しさだけでなく、内部構造にも並外れた工夫が凝らされています。特に特徴的なのは、トゥールビヨンやクロノグラフといった複雑機構を、従来の常識を覆す形で実装している点です。

例えば、一般的な高級時計のトゥールビヨンは衝撃に弱いのが難点です。リシャールミルは独自のサスペンション機構を開発し、激しい動きにも対応できる設計を実現しています。テニスコートでのフォアハンドストロークの衝撃にも耐えられるよう設計されたムーブメントは、時計工学の常識を覆す革新です。

画期的な機構を設計・製造するには、何百もの試作と何千時間もの開発時間が必要です。1つの機構を完成させるために数年を要することもあり、最終価格に反映されています。

手作業による少量生産
大手高級時計ブランドが年間数十万本生産している一方で、リシャールミルはわずか約5,000本程度と極めて限られています。

生産量が少ない最大の理由は、ほぼすべての工程が熟練した職人の手作業によって行われているからです。1本の時計を完成させるには、数百時間から千時間以上の作業時間がかかるものもあります。例えば、複雑なケース構造は最大で40時間もの高精度機械加工を必要とし、さらに手作業による仕上げが加わります。

また、カーボンTPTなどの特殊素材は量産に向かない性質を持っており、そもそも大量生産が困難です。手作業による少量生産が、市場での希少性を高め、すぐには手に入らないというプレミアム感を生み出しています。

高いブランド戦略と限定性
リシャールミルは、一般的な高級時計ブランドと比べ、広告宣伝費を抑える独自のマーケティング戦略を展開しています。代わりに採用しているのが、F1ドライバーのフェルナンド・アロンソや、テニスプレイヤーのラファエル・ナダルなど、厳選されたトップアスリートとのパートナーシップです。

また、これらのアスリートは、実際の競技中にもリシャールミルの腕時計を着用しています。通常、高級時計は競技中に着けることは考えられませんが、リシャールミルはその軽さと耐久性を証明するため、極限状況下での着用を推奨しているのです。

また、リシャールミルの限定モデルは、コレクターの間で熾烈な争奪戦を引き起こし、価値を高めています。戦略的な希少性の演出が、ブランド全体の価値向上につながっています。

ステータスと資産価値の象徴
リシャールミルの腕時計は、セレブリティやスポーツ選手、実業家などの影響力のある人々が着用することで、「成功の証」としての地位を確立しています。

投資価値も非常に高く、特に限定モデルは発売直後から市場価格が定価を大きく上回ることも珍しくありません。例えば、定価3,000万円の限定モデルが中古市場で5,000万円以上で取引されるケースもあります。

リシャールミルの腕時計には、着用することで喜びを得られると同時に、将来的な資産価値も期待できるという二重の魅力があるのです。

リシャールミルを安く手に入れる方法
高額なリシャールミルでも、購入方法によってはより手頃な価格で入手できる可能性があります。ここでは、リシャールミルをできるだけリーズナブルに手に入れるための方法を紹介します。それぞれにメリットとリスクがあるため、自分に合った購入方法を見つける参考にしてください。

正規店で購入する
正規店での購入は、一見すると安くないように感じますが、長期的な視点ではプラスに働くことがあります。確かに定価での購入となりますが、ブランドの公式保証やアフターサービスが完全に受けられるという大きな安心感があります。

リシャールミルは複雑な機構を持ち、定期的なメンテナンスが不可欠です。正規店購入であれば、将来的な修理やオーバーホールの際に円滑なサポートを受けられます。また、正規店では購入時に値引きはほとんど期待できませんが、付属品の完備や状態の保証という点で安心です。

加えて、人気の高いモデルは購入後に価値が上昇するケースもあり、その場合は「結果的に安く手に入れた」ことになります。ただし、正規店では在庫確保や順番待ちが必要なケースが多く、希望のモデルをすぐに入手できるとは限りません。

並行輸入品を購入する
並行輸入品とは、正規代理店以外のルートで輸入された商品のことです。リシャールミルの場合、国や地域によって価格設定や為替レートの違いがあるため、並行輸入品は正規品よりも10〜20%程度安く購入できる可能性があります。

例えば、ヨーロッパで購入したリシャールミルを日本に輸入する場合、付加価値税(VAT)の還付により、実質的に税金分安く購入できることがあります。海外の正規店で購入した商品を個人輸入する形なので、品質面では正規品と同等です。

ただし、国際保証はあっても日本国内の正規店でのアフターサービスを受けにくくなる場合があるため注意が必要です。また、並行輸入業者の信頼性も見極めないといけません。実績のある業者を選ぶことで、偽物のリスクを最小限に抑えられます。

中古品を購入する
最も大きな値引きが期待できるのが中古市場です。リシャールミルの中古品は、状態や人気モデルにもよりますが、新品の30〜50%程度安く購入できるケースもあります。特に、初期のモデルやステンレスケースのモデルなど、比較的シンプルな仕様のものは、新品よりもかなり安価に入手可能です。

信頼性の高い中古時計専門店やオークションサイトでは、真贋鑑定済みの商品を取り扱っており、品質面でも一定の安心感があります。また、すでに市場価値が安定しているモデルであれば、価値の大きな下落のリスクなく購入できるでしょう。

ただし、中古品を購入する場合は、外観だけでなく、内部機構の状態や付属品の有無、過去の修理歴などをしっかり確認することが重要です。また、人気モデルでは中古市場でも新品以上の価格で取引されることがあるため、モデル選びも慎重に行う必要があります。

アルピナの新作、アルパイナー ヘリテージ カレに発表。

アルピナはふたつの最新モデルをリリースしたことで、同社の長い伝統と、ブランドの将来に対する現在のビジョンの両方をアピールした。アルピナのファンにとってはありがたいことに、どちらもとてもなじみ深いものだ。(編集注記:日本ではすべて未展開)

昨年、アルピナ創立140周年を記念した際に発表された、手巻きCal.490搭載の最初のふたつの時計は、クラシカルなスタイルのタンク型ウォッチの成功に基づいたものである。これは1938年に製造されたムーブメントを復元して、シルバー製ケースに収めていたのだが、アルピナはわずか14本しか作っていない。現在、アルパイナー ヘリテージ カレコレクションが同様の美学を備えているが、これはモダンなムーブメント(自動巻きの機械式Cal.AL-530)を動力源としている。ブラックダイヤルとシルバーのツートンカラーのバリエーションがあるアルパイナー ヘリテージ カレのサイズは32.5mm×39mm、厚さは9.71mmと快適なつけ心地を提供する。

クラシックなスタイリングに、少し段差が設けられたケースは、昨年のリリースを見ていない人でも親しみを感じるだろう。どちらのバージョンにも当時のアラビア数字、リーフ針、そしてオリジナルのアルピナロゴが入っている。ともに1595ドル(日本円で約23万3000円)で販売されるが、ブラックダイヤルは米国では販売されないことに注意が必要だ。

もっとモダンでタフなものを探している人には、新しいスタータイマー パイロット クォーツ ワールドタイマーをおすすめしよう。クォーツムーブメントを搭載したことで、1095ドル(日本円で約16万円)という手頃な価格を実現したこのモデルは、スタータイマーシリーズ初のワールドタイムコンプリケーションとして登場した。この価格で時・分・秒、GMT、ワールドタイマーを搭載した、3つのカラーバリエーションのいずれから選ぶこといができる。なおサイズはいずれも41mm径×11.5mm厚だ。アーミーグリーンダイヤルはワイルドな印象で、ブルーとブラックのダイヤルはややクラシックに見える。グリーンとブルーのものを選ぶとブレスレットが付いて1095ドル(日本円で約16万円)、ブラックだとホワイトステッチが入ったブラックカーフレザーストラップ付きとなり、100ドル節約ができる。色に関係なく、この価格はかなりお得だろう。

我々の考え
ひとつの記事にまったく異なるふたつのリリースを入れたおかげで、私の脳はいろんなことを考えることになったが、短くまとまるように思索したいと思う。まずはアルパイナー ヘリテージ カレから。これは、長方形で作られていたヴィンテージウォッチの黎明期を見事に表した素晴らしいものだ。当初の、ヴィンテージキャリバーを搭載するという独創的なアイデアはいつも楽しいものだが、当然ながら最終的に手に入る時計の数は限られ、価格も高くなるのが一般的だ。その代わり今回のリリースでは、比較的手頃な1595ドル(日本円で約23万3000円)という値段で、シンプルかつクラシック、そして少しオールドスクールな雰囲気を楽しみたい場合に、実に堅実なドレッシーオプションとして得ることができる。

しかし私は自分自身に忠実なため、ワールドタイムとGMTの便利さを考えると、スタータイマー パイロット クォーツ ワールドタイマーのほうが私のスピードに合っていると感じる。日付窓が24時間表示に食い込んでいるのが気になるが、それ以外はあまり気にならず、スッキリとしたサイズ感でつけやすい時計に見える。コーラー型GMTなのかフライヤー型GMTなのか、情報はまだないが、詳細がわかり次第また報告しよう。

基本情報
ブランド: アルピナ(Alpina)
モデル名: アルバイナー ヘリテージ カレ オートマティック 140周年(Alpiner Heritage Carrée Automatic 140 Years)、スタータイマー パイロット クォーツ ワールドタイマー(Startimer Pilot Quartz Worldtimer)
型番: AL-530BA3C6(アルパイナー、ブラックダイヤル)、AL-530SAC3C6(アルパイナー、ツートンダイヤル)、AL-255GR4S26B(スタータイマー、グリーンダイヤル)、AL-255N4S26B(スタータイマー、ブルーダイヤル)、AL-255BRB4S26(スタータイマー、ブラックダイヤル)

直径: 32.5mm×39mm(アルパイナー) 41mm(スタータイマー)
厚さ: 9.71mm(アルパイナー)、11.5mm(スタータイマー)
ケース素材: ステンレススティール
文字盤: マット仕上げのシルバーまたはブラック(アルパイナー)、サンレイ仕上げのネイビーブルー、グリーン、ブラック(スタータイマー)
インデックス: プリントアラビア数字と目盛り(アルパイナー)、ホワイトで夜光処理されたプリントアラビア数字、ホワイトの外周リングにミニッツスケール、昼夜表示付き24時間ディスク、24都市表示付き都市ディスク(スタータイマー)
夜光: スタータイマーのみあり
防水性能: 30m(アルパイナー) 100m(スタータイマー)
ストラップ/ブレスレット: ライトブラウンのオーストリッチ製レザーストラップ、オフホワイトのステッチとピンバックル(アルパイナー)、サテン仕上げとポリッシュ仕上げのSS製3連リンクブレスレットとプッシュボタン付きフォールディングバックル、またはブラックカーフレザーストラップ、ダーティーホワイトのステッチとピンバックル(スタータイマー)

スタータイマー パイロット クォーツ ワールドタイマーの裏蓋
ムーブメント情報
キャリバー: AL-530(アルパイナー)、AL-255(スタータイマー)
機能: 時・分・スモールセコンド(アルパイナー)、時・分・センターセコンド、日付表示、GMT、ワールドタイマー(スタータイマー)
パワーリザーブ: 約38時間(Alpiner)、約45カ月の電池寿命(スタータイマー)
巻き上げ方式: 自動巻き(アルパイナー)、クォーツ(スタータイマー)
振動数: 2万8800振動/時(アルパイナー)
石数: 31(アルパイナー)、1(スタータイマー)

価格 & 発売時期
価格: アルパイナーは1595ドル(日本円で約23万3000円)、スタータイマーはブレスレットタイプが1095ドル(日本円で約16万円)、ストラップタイプが95ドル(日本円で約14万5000円)
発売時期: 日本での発売はなし

ヘンリー=ダニエル・キャプトの傑作が、

私が懐中時計に夢中になったのは、クリストファー・リーヴ(Christopher Reeve)、ジェーン・シーモア(Jane Seymour)、そして珍しいハミルトン 951が出演した、1980年のタイムトラベルロマンス映画、『ある日どこかで(原題:Somewhere in Time)』を観劇したのがきっかけだった。劇作家の大学生を演じるリーヴの周りには、おしゃれな女生徒たちが自身の作品の上演を祝って盛り上がり、集まっている。ハミルトンはそんな最初のシーンに登場した。そんな折、白い髪をシニヨンスタイルで留めてギブソンガール風にし、高いレースの襟、そしてショールを羽織った年配の女性が近づいてきて、部屋は静まり返る。彼女はリーヴの手に時計を置き、自分の手へと少し包み込み、“戻ってきて”と伝える。

 カメラは驚愕の表情を浮かべるリーヴに寄ったあと、(クリストファー・リーヴ演じる)スーパーマンの手に落ちる。彼は慎重にハンターケースを開けて時計を見る。ブルーの縁取りが、ポーチに飾られた織物のように華やかな文字盤を包み、またローマ数字同士のあいだを金色の星が刻んでいた。

 これから綴られる長い話を要約すると、数年後、売れっ子となったリーヴ(『Passionate Apathies』『Too Much Spring』などの戯曲をヒットさせた作者)は、催眠術で1912年にタイムスリップする。謎めいた懐中時計を贈る女性は、マキナック島のグランドホテルで休暇を過ごす、華やかな若手女優(シーモア)だった。ここからはネタバレ。ふたりは恋に落ち、彼女はその時計を手に入れる。哀愁漂う風変わりな作品だが、かなりおもしろいし、超悲劇的だ。最後はふたりとも死んでしまう。

 このことから私が学んだのは、懐中時計が必要だということだ。1990年当時、私は5歳だった。たとえ懐中時計が私と同年代の子どもたちのあいだで大流行して(実際はそうではない)、広く出回っていたとしても(これもそうではなかったが)、母はその気まぐれに甘んじることはなかったし、そうすることもなかっただろう。アディダスのトレフォイルパファージャケット、ティンバーランドのブーツ、タキシード(テータム・オニール/Tatum O’Neal がオスカーを受賞したときに着ていたようなもの)、ペニーローファー、ページボーイキャップなど、あの頃とても強烈で、報われない物への物欲が強かったのだ。しかしこの懐中時計には、結婚しろと言われるほどの永続的な愛のような、ずっと変わらない何かがあった。

 それから30年後、ここメイン州ポートランドにある地元の時計店、Swiss Timeの公式ウェブサイト内にある、リペア済み懐中時計のページを見ていたら、ヘンリー=ダニエル・キャプトのクォーターリピーターを見つけた。ジュネーブで製造され、1873年の日付が刻まれた18Kゴールド製ハンターケースにセットされたこの時計は、ポーセリン文字盤とイエローリューズ&ボウ(輪っか)を備えていた。ベースをスライドさせて後ろに引き戻すと、クォーターリピーターがメジロの鳴き声のように明瞭に鳴り響く。それはそれは豪華な個体だった。7500ドル(当時の相場で約80万円)なら私のものになるかもしれない。

 計算してみたところ、148年前に時計製造の中心地であるスイスで製造された可能性があり、そして今でも現役で動くそれが5マイルも離れていない店に置かれていた。しかもそれがひと掴みの豆(値段)で売られていたのだ(誤解のないように言っておくと、これは私個人がクルマなどに投資する可能性のある金額であって、ソファのクッションの隙間に紛れ込んでしまうほどの大きさの豆ではない。でもここでは珍しい時計の話をしている。おわかりいただけただろうか)。

 まだおわかりでないかもしれないが、私はアンティークのスイス製ムーブメントや宝石の数え方など、あのキャプトのリピーターの価値を見極めるのに役立ちそうなことはほとんど何も知らない。私はまったくの初心者だが、好きなものが好きだし、その時計は本当に気に入っていた。その時計は、駅の壁掛け時計のような整然とした雰囲気を、ミニチュアで再現していた。ヒンジが付いたケースバックを開けると、素材的価値がどうであれ、目を見張るような時計製造のタイムカプセルが現れる。その懐中時計は、当時5歳だった私を魅了したような装飾や華やかさはないものの、子どもの頃の私を呼び起こした懐中時計のすべてが表現されていた。

 こうしてヘンリー=ダニエル・キャプトの世界、スイス製懐中時計、そしてミニッツリピーターの世界を巡る私の旅が始まった。

 さあ、その始まりからスタートしよう。

Photo by Joshua Loring

 遡ること1773年4月のこと、ヘンリー=ダニエル・キャプトはスイスジュウ渓谷にあるル・シュニでジャック・サミュエル・キャプト(Jacques Samuel Capt)とスザンヌ・ピゲ(Susanne Piguet)のあいだに生まれる。若い頃にキャプトはジュネーブに渡り、有名なオートマタ製造メーカーであるジャケ・ドローに従事。そこで時計、クロック、オルゴール、そのほか珍しいものなど、その後の彼の仕事の多くを決定づけることになるスキルを学んだ。時系列ははっきりしないが、キャプトは時計職人のゴデマール・フレール(Godemar Frères)、ジャン・フレデリック・レショー(Jean Frédéric Leschot、ドローの養子)、そしてアイザック・ダニエル・ピゲ(Isaac Daniel Piguet、渓谷ではよく使われる名前らしい)と仕事を続け、その妹であるアンリエット・ピゲ(Henriette Piguet)と1796年に結婚した。

 キャプトとアイザック・ピゲは事業を開始し、およそ1802年から1811年まで、ワイルドなオートマタや音楽的に複雑な機構を搭載した時計を専門とした。最終的にピゲは独立し、1811年頃にフィリップ=サミュエル・メイラン(Philippe-Samuel Meylan)と統合してピゲ&メイランとなる。その数年後の1830年、キャプトはオーベール&サンと合流してオーベール&キャプトとなり、そこでジュネーブ初となるクロノグラフ付き時計を製造した。

 キャプトは1837年に亡くなり(一部では1841年に亡くなったという資料もある)、息子のヘンリーJr.(Henry Jr.)が後を継いだ。1855年にオープンしたローヌ通りにある店舗に関する記述や、ロンドンに店舗を持つ唯一のジュネーブウォッチメーカーであることを誇ったことなど、裏取りはできなかったがキャプト社に関する噂をいくつか見つけた。わかったことは、1880年にキャプトの運営がガロパン(Gallopin)に買収され、H. Capt Horloger, Maison Gallopin Successeursとなったことである。ほかの店舗やメーカーに供給された時計は、ムーブメントのどこかに“Henry Capt”と署名されていたか、あるいは単にサインされていないかのどちらかだった。

 そして、そこで足取りは途絶えた。

 さて、私がインターネット上で見つけた情報を、スイス時計に詳しい3人の真の時計職人、修復家にすべて伝えた。そこにあった情報は、矛盾が織り交ぜられた物語で埋め尽くされた、不明瞭なものである。人気がないからかもしれないし、スイスで1930年以前に作られた懐中時計は識別が難しいことで有名だからかもしれない。ジュウ渓谷の生産者たちは皆、誰かのために何かを作っていたようだが、いつ、誰が、誰のために、何を、どのようにしたのかを確認するのはかなり困難だ(またキャプト自身も多くのスイス人時計師と仕事をしていたようだ)。これに加え、懐中時計のケースは、時計とは別の宝石商によって供給されることが多かった。それが私のような怠惰な歴史家や懐中時計の素人愛好家の探求を複雑にしていた(例えば宝石はほんのわずかしかセットされていないのに、それをよりよく見せるために18金のケースを欲しがることがあったりなど)。

 そのため、ヘンリー=ダニエル・キャプトという名前はかなり有名だが、彼自身についてはほとんど知られていないようだった。私が彼について話をした人たちは、キャプトのリピーターを手にしていたのだが、それは偶然のことだった。

 1977年、クロード(Claude)とジル・ギュイヨ(Jill Guyot)のふたりは、メイン州ポートランドにSwiss Timeを設立した。クロードはスイス出身、ジルはコネチカットの出身で、彼は時計職人としての訓練を受け、彼女は父親の時計店で働いていた。25年前、売却を考えていたとある顧客がキャプトのリピーターをSwiss Timeに持ち込んだ。クロードはそのリピーターを入手したあとに亡くなり、そのまま倉庫へと保管された。彼の娘のステファニー(Stephany)は、その希少なモデルの真の価値を認めてくれるスイスへと、父親は持ち帰るつもりだったのではないかと推測している。この時計は、彼女が懐中時計への関心の高まりに気づいた3年前まで保管されていた。ステファニーは時計の修理や再調整だけでなく(彼女の専門は懐中時計だ)、ショップのビジネス面も管理している。彼女の仕事は、6カ月先まで予約が埋まっている。

 Swiss Timeの外には、片側が文字盤、もう片方が複雑なムーブメントの、3フィート(約91cm)もの巨大な金色の懐中時計が、看板の代わりとしてドアの前に吊るされている。これはかつてジルの祖父が所有していたものだ。店舗を訪れた日、砂色のブロンドヘアを後ろでまとめたステファニーが、まるでバーのような照明が付いたU字型の木製ガラスケースのあるショールームで出迎えてくれた。彼女の後ろを追って作業台のひとつまで行くと、彼女が例のリピーターを布の上に置き、技術者のジョン・ミューズ(John Muse)がそのパーツを見せてくれた。彼は三つ又の装飾的なブリッジと繊細なゼンマイを指差しながらその重量とハンターケースを指摘し、私は宝石で飾られたムーブメントを見つめた。私はそのゼンマイの小さな心臓が、鼓動を脈打つのを眺めた。

 ミューズはもっとよく見えるためにとルーペを差し出してくれた。“私は時計の世界に入ったばかりです”と言い、(ルーペの)間違ったほうを目に当てた。

 ミューズは親切にもコメントしなかった。

 彼がバンドのひもを引っ張ると、時計が時刻を告げた。時は2回鳴り、15分は数回鳴る。“だから暗闇でも使えるんだ”と彼は言った。あなたが紳士的な農夫で、夜明けに牛の乳を搾るところを想像してみてほしい(農業についてはほとんど知らないが)。ポケットに手を入れて文字盤を探せば、ウエストコートから時計を離すことなく時刻が鳴る。まさに魔法だ。

 クォーターリピーターは、最も近い1時間の4分の1まで時刻を知らせる。よほど裕福な農家であれば、分単位で音が鳴る(その分とても高価だった)ミニッツリピーターを選んだかもしれない。

 ミューズも私も、100年以上前に手作業で作られたリピーターを目の前に感嘆の声を上げ、一瞬の沈黙が訪れた。ミューズが依頼した全米時計収集者協会(NAWCC)の評価によると、このキャプトムーブメントは1900年代初頭に製造された可能性が高いとのこと。ご存じのようにキャプトはすでにこの世にいないが、この活動はH. Capt Horloger, Maison Gallopin Successeursによって続けられた。ムーブメントに施された派手な細工はすべて、特定の時計職人を示しているように思えたが、実際のところサインがない限り保証はない。

 スイスの有名メゾンの多くは、自社で製造・販売した時計の記録を残している。それが現在では来歴の確認に役立ち、オークションでの価格を吊り上げている。しかしキャプトのものについてはそのような記録はないようだ。“有名人を売り出すことができるのなら、そうするだろう?”とウェールズ南西部にいる時計職人、リチャード・ペレット(Richard Perrett)は言う。彼は数年前、ある顧客のためにキャプトのミニッツリピーターの購入と修復を手伝った。ペレットが作業したリピーターは、ブルガリアから4000ポンド(当時の相場で約60万円)で購入したものだった。それはケース蓋のバネが折れ、“リピーター機構のバネが弱く”、ダストカバーのクリスタルとヒンジが欠けていた。ペレットは可能な限りヤスリがけやクリーニングを施し、オリジナルの模型をもとに代替パーツを3Dプリントした(イーロン・マスクも認めるはずだ)。