ロレックス コスモグラフ デイトナ Ref.16520、希少な“マーク1ダイヤル”と出合うが新登場。

ロレックス コスモグラフ デイトナの歴史における最大のエポックメイキング。人によってはル・マンがデイトナとなったとき(その詳細についてはこちらとこちらの記事を読んでみて欲しい)を挙げる人がいるだろうし、あるいはポンププッシャーがねじ込み式になったタイミングを挙げる人もいるかもしれない。人により多少の違いはあるだろうが、自動巻きムーブメントの搭載、すなわちRef.16520の登場は、間違いなくコスモグラフ デイトナの歴史における大転換点になったと言っても過言ではないだろう。

その主役となるロレックス初の自動巻きクロノグラフムーブメントCal.4030は、ゼニスのエル・プリメロ Cal.400をエボーシュ(ベースムーブメント)として用いたことで知られており、3万6000振動/時の振動数を2万8800振動/時に下げてムーブメントの耐久性を高めたことは有名なエピソードだ。自動巻きモデルではケースサイズが40mm径へと拡大(手巻きデイトナ時代は37mm径だった)し、デザインも刷新。コスモグラフ デイトナ史上初めてリューズガードも採用された。今回紹介する個体は、その記念すべき初の自動巻きのコスモグラフ デイトナ、Ref.16520の登場最初期にあたる1988年(87年末も一部含まれる)の約1年間のみ製造された通称“マーク1ダイヤル”である。

最初期のRef.16520が注目を集める経緯となったのは、15年以上前のこと。同じく“マーク1ダイヤル”に該当する、エナメルのように透き通ったホワイトの“ポーセリンダイヤル”の発見に由来する。これは最初期の白文字盤仕様にのみ存在するつややかで透明感のあるエナメル調のダイヤルのことで、実際に陶(ポーセリン)製というわけではないのだが、エナメルの質感が強いことから、こう呼ばれている。その希少性もさることながら、マーク1ダイヤルが高い評価を受ける理由は、最初期のこのダイヤルでしか見られない独自のディテールの組み合わせにあった。

まず外せないのが、12時位置の5段におよぶレターだ。1段目の“ROLEX”のブランド名に始まり、2段目の防水ケースで自動巻きであることを示す“OYSTER PERPETUAL”、3・4段目にクロノメーターであることを証明する“SUPERLATIVE CHRONOMETER OFFICIALLY CERTIFIED”、5段目には“COSMOGRAPH”の文字が入る。ここにマーク1ダイヤルだけの固有のディテールがあり、“COSMOGRAPH”の文字だけが1行空いて独立して入ることから“段落ち”と呼ばれているほか、文字が浮いているように見えることから“フローティング”とも呼ばれる。

段落ち(フローティング)ダイヤル。12時位置の“COSMOGRAPH”の文字だけが1行空いて独立して入ることからこのように呼ばれている。

200タキベゼル。UNITS PER HOURの表記が3時位置にあり、ベゼルに刻まれた数字が50から200までであるため、“200タキ”と呼ばれる。

ベゼルにも最初期のRef.16520にだけ見られるディテールがある。前作にあたる手巻きデイトナのRef.6263やRef.6265から継承された“200タキ(マーク1ベゼル)”と呼ばれるタキメーターベゼル(以降、タキメーターに“225”表記のあるマーク2、“240”表記のあるマーク3と変化する)は、そのほかのRef.16520と比べると一線を画すスタイルで、これもまた“マーク1ダイヤル”特有のもの。さらにインダイヤルは、“6”が逆さまになって“9”に見える“逆6”仕様(ちなみにこの仕様は1993年ごろのS番まで見られるため、特別にレアというわけではない)になっている。ブレスレットのバックルはシングルバックルであることも“マーク1ダイヤル”の鉄則だ。

シンプルなシングルロッククラスプ。なお、クラスプを構成する板をつなぐピンの先端が穴が空いた切りっぱなしのような形状になっているのも、初期の個体が持つクラスプの特徴であるという。

最近ではさらに研究が進み、時・分針がほかのRef.16520のモデルより細く作られていることも注目すべきディテールとされている。ちなみに掲載した個体はワンオーナーもので、特出したコンディションを誇る。付属品はギャランティ以外はすべてがそろうという逸品だ。

「裏蓋のシールのホログラムが残っているほど使用感の少ない極上の個体です。外箱や内箱、シリアル入りのタグも残っています。付属品も高騰していて、そのなかで一番高価なのは実は箱なんですよ。付属するブックレットの写真でも“マーク1ダイヤル”が掲載されています」と、希少なロレックスについて詳しいエンツォショップの中井一成氏は、いかに希少なものであるかを解説する。

付属する初期ブックレットは、表紙の“ROLEX COSMOGRAPH”の文字が白抜きであるのが大きな特徴だ(初期モデル以降、おそらく1989年の途中ごろから“ROLEX COSMOGRAPH”の文字がゴールドへ変更となる)。加えて、ブックレットに掲載されている時計も、すべてのリファレンスがもれなく“マーク1ダイヤル”である。こうした付属品は破棄されてしまっていることも多く、RとL番の初期までに付属したであろう白抜きブックレットはきわめて希少だ。

なお、RとL番というのはシリアルナンバーを指すが、数字の頭にRやLなどのアルファベットが導入されるようになったのが、ちょうど自動巻きのコスモグラフ デイトナのRef.16520が登場するこの頃から。R番は1987年後半ごろ~1988年、L番は1989年~1990年にかけて製造された個体を示している。本個体の場合、こうしたシリアルナンバーを記したタグまで付いているのだから、より一層貴重な存在である。

「5段目の“COSMOGRAPH”レターが1段ズレていることで、それこそWネームのような見え方になっているのが、このモデル特有のポイントですよね。手巻きデイトナの名残りで、ベゼルが“200タキ”仕様であることも特徴です。このマーク1ダイヤルだけが、Ref.16520で唯一“200タキ”を採用していますから。これは近年になってわかったことですが、この年代のRef.16520はケースの形状が異なります。ケースが分厚く、側面の形がカマボコを連想させることから通称“カマボコケース”と呼ばれていますが、1990年ぐらいまではこのケースなんです。新たに細針であることもオリジナリティを見定めていく上で重要な基準になってきています。翌年の“マーク2ダイヤル”からは、12時位置のレターが4行になるのですが、この最初期の仕様でしか“段落ちフローティング”と“200タキ”の組み合わせはないんです」

さらにその魅力について、中井氏は付け加える。「やはりロレックスが威信をかけて作った最初の自動巻きクロノグラフということが、このモデルの魅力なんだと思います。世界最高峰のムーブメントを入れてフラッグシップとして作った一番最初のクロノグラフなんです。同じデイトナでも手巻きデイトナとは別物として捉えるべきだし、ロレックスにおける近代化の先駆けとなる時計です。1988年当時のサブマリーナー Ref.16800が45万円、GMTマスター Ⅱ Ref.16760が40万円でしたが、コスモグラフ デイトナ Ref.16520の日本定価は51万円。最新のスペックを盛り込んだ時計としては、当時はかなり戦略的な価格だったと思います。当時の定価の話とはまったく別ですが、Ref.16520のマーク1ダイヤルは、ちょっと程度の悪い手巻きデイトナなんかよりも市場での評価や、価格は今後も上がるのではないかと考えています。もともと個体数が少ない一方、時計としては手巻きデイトナよりも扱いが断然楽。それに適度にエイジングもしている。気軽に扱えるヴィンテージウォッチというのも魅力のひとつでしょう」

個体数が少ないというが、実際のところ初期のRef.16520はどのくらい希少なのだろうか。公式な製造本数はわからないが、1988年〜2000年までのRef.16520の総製造本数はシリアルナンバーなどから推測すると、約10万〜12万本程度だと言われている。なかでもR番(1987年末〜1988年中ごろ)のRef.16520に該当するものは約8000〜1万本ほどだ。そのなかでも前述のマーク1仕様はR番のごく初期の数カ月間のみ製造されたと言われている。その期間の短さを考慮すると、Ref.16520のマーク1ダイヤル仕様の当時の製造本数は2000本前後であると推測される。ただし、初期の製造個体では後年のメンテナンスの際にサービスダイヤルへ交換されているケースも少なくないため、オリジナルのダイヤルを保ったままの個体はさらに少ないと考えられる。

本稿は、Ref.16520の“マーク1ダイヤル”がレアモデルであることをことさら煽ろうという意図はない。だが、このような貴重なコレクションを日本のコレクターが所有しており、今もそれが市場に出回ることがあるという事実は、日本のマーケットが持つポテンシャルの高さを示すものだ。