ロンジンから発表された比較的新しいコレクションだ。しかしその背景には、かねてより深いつながりを築いてきたアビエーションへの敬意と、ブランドがこの分野で築いてきた確かな実績がある。パイロットウォッチらしく視認性に優れた無骨なディテールと、ロンジンが創業当時より大事にしているというエレガンスを現代的な時計製造技術を用いて融合させたモダンなミリタリーウォッチだ。登場からまだ3年ながらリリースのテンポは速く、2021年にはチタン製ロンジン スピリット、2022年には42mm径のZulu Time、そして今年2023年にはZulu Timeの39mm径にフライバッククロノ(しかもそのチタンモデルまで!)と、僕たちの関心を誘うモデルが次々に登場している。
そして、その勢いに乗るかのようなタイミングで、ロンジン スピリット Zulu Time リミテッドエディション for HODINKEEを、12月5日(火)の深夜に全世界に向けて発表した。ロンジン スピリット Zulu Time 39mmをオールグレード5チタンで仕上げた、税込価格で60万円を切るハンサムなトラベルウォッチだ。
少し話は逸れるが、僕はあまり国外への渡航経験がなく、これまではGMT機能についてタキメーターやヘリウムエスケープバルブのように“自分ではおよそ活用しないが便利なもの”として分類していた。しかしパンデミックがようやく落ち着きを見せた今年、距離的にも精神的にも遠く感じていた海外が、再び僕たちの生活に戻って来つつある。2023年は時計業界でも、国内外問わず遠方に足を運ぶイベントが目に見えて増えた年だった。加えてここ最近続いているトレンドもあり、今年は(とにかく多かった)GMTウォッチのリリースに目を奪われ続けていたように思う。そんななか、リリースされたばかりのコラボウォッチが編集部に届いた。ケースを開けて手首に乗せた瞬間、僕の心は大きくざわついた。それから1週間ほど経つが、この時計とともにまだ見ぬスイスの地を行くイメージが頭の片隅にこびりついている。最初に手に取ったときに感じた高揚が何だったのか、確かめるべく再び箱から取り出してみた。
改めて、ロンジン スピリット Zulu Time リミテッドエディション for HODINKEEのサイズからチェックしていこう。ベースとなったのはロンジン スピリット Zulu Timeの39mm径モデルで、厚さは13.5mm、ラグトゥラグは46.8mmと、ジェームズがSSモデルの記事で述べているようにスポーツウォッチとしてあらゆる人が身につけやすいミドルサイズに仕上がっている。僕の手首周りは約17cmで、これは日本人男性の平均と一致するそうだが、下写真でご覧いただけるとおり大きすぎず、小さすぎもしないジャストなフィット感だ。手首の幅に対してラグの余りもない。
特筆すべきは、サイズに対しての圧倒的な軽さだ。39mm径のステンレススティール(以下SS)モデルの本体重量が99.3gであったのに対し、今作はグレード5チタンの採用によって約半分となる51gまで抑えている。ムーブメント自体に変化がないことを考えると、大変なダイエットだ。この写真を撮影した日は直前までロンジンのクロノグラフモデル(ストラップを除く重量は98.2g)をつけていたが、いざ今作を手首に乗せたときのギャップは大きかった。ブレスは従来モデル同様、21mmから16mmまで強くテーパーした品のあるスタイルだが(このブレスはジャケットを着るような日のスタイリングにもしっくりくる)、手首を大きく動かしたときもヘッドの重量に振り回される感覚はまったくなかった。
また、素材とともに仕上げにも言及しておきたい。SSと比較してチタンの質感は温かみがあると表現されることが多い。今回のコラボモデルにおいても、ベゼル正面やケースに見られるヘアライン部はチタンならではの柔らかな光を放っている。しかし一方で、ポリッシュ部はSSと見紛うほどの仕上げが施された。特に、ヘアラインとポリッシュが交互に施されたブレスのコントラストには目を引かれる。ブレスのサイドにもポリッシュがかけられており、ふと傾けて見たときに美しく光り輝く。
なお、もうご存じの人も多いと思うが、Zulu Timeは時針のみを1時間刻みで動かすことができるローカルジャンピングGMT機能と、回転ベゼルによる第3時間帯表示を備えた時計だ。前者は完全に針を停止させることなく現地時間に調整することができる便利な機能であり、“トラベラーGMT”と呼ばれることもある。同価格帯での競合は今でこそ増えているものの、かつてはGMT針単独稼働型のいわゆる“オフィスGMT”がこのレンジの主流だった。2018年、チューダーのブラックベイ GMTが開拓して以降発展してきたミドルプライスのGMT市場において、100年以上前からロンジンのようにGMTウォッチを展開してきた歴史あるブランドのトラベラーGMTウォッチが手に入るというのはありがたいことだ(1908年にオスマン帝国向けに世界初のデュアルタイムゾーン懐中時計を、1925年には角型腕時計“ズールータイム”をリリースしている)。
なお、ローカルジャンピングGMTについて、HODINKEEではフライヤー(Flyer)GMTと表記することがある。実際に飛行機に乗って異国を行き来するジェットセッターにとって非常に重宝される機能であることから、そう呼ばれている。彼らはときに大きな荷物を抱えて、トランジットを含めて片道1日、いや2日はかかるような旅に出かける。その道中、体に密着している時計は1gでも軽いほうがいいだろう。12時間を超えるようなフライトは新婚旅行でスペインを訪れたとき以来経験していないが、そのとき手首にあったダイバーズウォッチを到着時にひどく重たく感じたことを今でも覚えている。この日は撮影を含めて3時間ほど着用しただけだったが、そのあいだ手首の上でわずらわしさを感じることは一度もなかった。
今回、もっとも気に入ったのはダイヤルデザインだ。すでにZulu Timeを持っているなら手元で見比べて欲しいが、いくつかの要素が省略され、非常にすっきりとまとまっていることがわかると思う。例えば、“LONGINES”の文字下にあった両翼の砂時計のロゴ。ブランドの創業時から使用されている由緒と歴史のあるものであり、これがダイヤルにあるとどこかエレガントさと気品が漂う。だが、ヘリテージ アヴィゲーションシリーズや、一部のヘリテージ クラシックでは省略されていることが多い。僕が持っているアヴィゲーション ビッグアイも12時位置には“LONGINES”とそっけなくプリントされているだけなのだが、このほうが古きよき時代のパイロットウォッチといった趣が強まるように思える。また、今作ではロンジン ヘリテージコレクションに共通していた6時位置の5つ星も省略され、デイトは6時位置から3時に移動してインデックスに溶け込むようなカラーリングが施された。アンスラサイトの控えめなダイヤルはマットな質感のチタンベゼルと相性がよく、総じて現代的なスポーツウォッチに見られるギラつきや主張を抑えたクラシカルな顔立ちに仕上がっている。ミッドセンチュリー特有のさりげない美しさを目指したとローンチ時の記事にも書かれているが、確かにどんな手首にも自然に馴染む、トレンドに左右されない飽きのこないデザインだと思う。
リューズの砂時計ロゴはそのまま残されていて、シンプルなサイドビューのアクセントとして機能している。ソリッドケースバックで“ZULU TIME”の文字があった場所には“HODINKEE LIMITED EDITION”と刻印が施され、ロゴを挟んだ下部にはシリアルの表記もある。また、ブレスレットはインターチェンジャブルシステムを採用しており、工具を使わずに簡単に着脱が可能だ。