日本でしか手に入らないグランドセイコー3モデル。

仕事の出張前に必ず行うことがあるとすれば、それは徹底的なリサーチである。私は常に旅行の段取りを心配している。しかし直近の日本への出張では、もうひとつ特別に調べたことがあった。それはどの時計を(もし買うなら)買うべきかということである。グランドセイコーのファンであれば、日本への旅行には特別な期待が伴う。というのも、日本国内でしか手に入らない(少なくとも店頭では)モデルがいくつか存在するからである。グランドセイコー フラッグシップブティック 銀座が入っている和光本店(以下、和光)の親切なスタッフの協力を得て、これらの特別なモデルのうち3つを紹介することができる。ただし、これらのうちひとつはすでに売り切れている可能性があるので注意して欲しい。

SBGH357 and SBGH241
少し背景を説明すると、和光が店舗を構える銀座のセイコーハウスは日本で最も象徴的な建物のひとつであり、セイコーの時計塔が頂上に据えられている。「服部時計店」は1881年に服部金太郎によって創業され、1947年に服部時計店の小売部門の業務を継承して和光が設立された。その後、服部時計店はセイコーグループへと成長し、和光は現在では日本で最も高価な不動産が立ち並ぶ場所に存在している。この現在のセイコーハウスは1932年に建てられた2代目にあたるもので、ネオ・ルネッサンス様式を踏襲した外観が特徴であり、第2次世界大戦中の東京大空襲を奇跡的に生き延びたことでも知られる。

Wako Building
また1954年のオリジナル映画から最新の『ゴジラ-1.0』まで、ゴジラの怒りの標的となってきたこの建物には、ハンドバッグや宝飾品、そしてセイコーブランドに属する最も希少な時計まで販売する和光が入っている。和光とセイコーブランドの長い歴史を考えれば、いくつかの限定モデルを販売するのにこれ以上の場所はないだろう。グランドセイコーには“和光限定”モデルの長い伝統がある。今回はそこから話を始めようと思う。

グランドセイコー ヘリテージコレクション 和光限定モデル SBGH241
SBGH241
私が初めて和光限定モデルを実際に目にしたのは、その象徴的なフラッグシップブテイックで行われていた展示であった。2階には階段の近くにある柱を囲むように、グランドセイコーの歴史における重要な瞬間と、和光でしか手に入らなかった時計が並べられている。

Grand Seiko Wakos
多くの和光限定モデルに共通するディテールは、非常にスタイリッシュなアラビア数字の採用と多彩なダイヤル仕上げである。これによりほかのラインナップには存在しない独特の美学が生まれている。

Grand Seiko Wako
私が実際に手に取ったSBGH241は2017年に発表されたハイビートの自動巻きモデルで、ケースデザインはSBGR251およびSBGR253と同様だ。また直径37mm、厚さ13.3mmのケースにCal.9S85を搭載している。このシャンパンゴールドのサンバーストダイヤルにはミニッツトラック部にハッシュマークが施されており、5分ごとにポリッシュが施された大きなマーカーが配置されている。また、6、9、12時位置にはアラビア数字が使われ、独特の存在感を放つ。さらに3時位置には日付表示も備えている。繰り返しになってしまうが、これはなくてもよかったかもしれない。

SBGH241
このように独特なダイヤルを持ちながらも、この時計はグランドセイコーに期待される多くの要素を備えている。シースルーバックであるのはうれしい点だが、ブランドが急速に革新を進めているなかでムーブメント自体にはやや古さを感じさせる点もある。しかしケースには十分なザラツ研磨が施されており、この価格帯としては非常に魅力的だ。記憶が正しければ、価格はおよそ80万円程度だ。渡航者の場合消費税が控除されれば、日本国内でおよそ5000~5500ドルで手に入れることができるだろう。

Grand Seiko Wako
このモデルは限定生産であるが、シリアルナンバーが付与されたエディションではない。また発売から時間が経過しているため、近いうちに新しい後継モデルが登場する可能性もある。さらに日本までの旅費が高額になることも考慮に入れてほしい。特にアメリカ(特に東海岸)からでは短い旅とはいえない。予算が限られている場合や和光で時計を購入するという特別な体験にそれほどこだわらないのであれば、中古市場でおよそ4500ドル(日本円で約66万円)程度で見つけることも可能だ。どちらにしても、次回のミートアップで見られる、ほかのどのグランドセイコーとも大きく差別化を図れるデザインの1本を手に入れることができるだろう。

SBGH241
グランドセイコー ヘリテージコレクション 和光限定モデル SBGH357 “秋の夕暮れ”
和光限定で私の目を引いたもうひとつのモデルが、この新しいSBGH357である。ピンクオレンジのダイヤルが特徴で、和光を訪れた際すぐにこの時計に心を奪われた。そのピンクオレンジの色合いは、今や名高い“春分”をやや彷彿とさせるが、より大胆である。ただしこの時計は85本限定である。

SBGH357
“春分”の自然な色合いとは異なり、SBGH357のダイヤルにはリネンのようなテクスチャーが施されている。グランドセイコーの公式画像ではもっとオレンジが強く見えるが、これは銀座の“秋の夕暮れ”に染まるセイコーハウスの石壁というテーマにふさわしいものである。しかし私は非常にピンクらしい印象を受けた。かつてロレックスがダイヤルにリネンのテクスチャーを使用したことがあるが、この質感は今でも非常に珍しく、その興味深いルックスだけでも私のなかでは高評価であった。

SBGH357
シースルーバックからはCal.9S85が見える点は先ほど紹介した和光限定モデルと同様だが、今回はより大きな40mmのケースに収められている。ほかのグランドセイコーほどのアイコン的地位を得るだけのポテンシャルはないかもしれないが、これほど興味深いダイヤルがひっそりと登場していた事実を考えると、チェックする価値は十分にあったと思う。

SBGH357
SBGH357
グランドセイコー ヘリテージコレクション グランドセイコースタジオ 雫石限定モデル SBGH283
SBGH283
前の時計を逃してしまって残念に思っている方に、いいニュースと悪いニュースがある。いいニュースはSBGH283は特別モデルのなかでもまだ手に入る時計であることだ。悪いニュースは、それを手に入れるためには単に東京に行くだけでは済まないことである。この時計を手に入れるには、岩手県盛岡駅まで6時間のドライブ、もしくは2時間半の電車移動をしたのち、タクシーで20〜30分ほどの距離にある雫石のスタジオまで行く必要がある。ここはグランドセイコーの機械式時計製造の拠点だ。木曜か金曜に訪れればスタジオ見学も可能で(事前予約が必要であるが)、希望があればそこでのみ販売される時計を購入することができる。

この時計は前述の2モデルと同様に、ハイビート自動巻きのCal.9S85と3時位置のデイト表示を備えている。ケースは直径40mm×厚さ13.3mmのステンレススティール(SS)製で、上で1本目に紹介した和光限定モデルに比べてややバランスの取れたサイズ感となっている。しかしグランドセイコーの時計においていつも主役となるのは、やはりダイヤルだ。

SBGH283のダイヤルパターンは視覚的に非常に捉えにくいことで知られている。ある光の下では真っ黒に見えるが、角度や光の加減を変えていくと次第にパターンが浮かび上がってくる。実際にはこのダイヤルは非常に深いフォレストグリーンで、スタジオを囲む森を表現しており、自然をテーマとするブランドのアイデンティティに深く関わっている。また雫石スタジオ内外の木製パネルをも彷彿とさせる色合いだ。

ダイヤル以外には、金色の“Shizukuishi Limited”ローターが特徴である。これはいいディテールではあるが、正直なところそれだけで購入の決め手になるかというとそうでもない。すべてはダイヤルの魅力と雫石に対する思い入れにかかっていると言えるだろう。当時の私は別のグランドセイコー、SLGW003を日本で手に入れたいと考えていた。

SLGW003は別に日本限定ではなかったために、かなり悩んだ末にアメリカに戻ってから購入することにした。しかし今になって写真を見返すと、少し後悔しているところもある。83万6000円(税込)という価格の雫石限定モデルは非常に魅力的であり、日本でグランドセイコーとともに過ごした時間に感動した私は、その時計が旅の記念としてもふさわしいと感じた。ただ今から購入するとなると中古市場で探すしかなく(実際に出回ることもある)、またいつか訪れて手に入れることを考えておくしかないだろう。

グランドセイコー初の機械式クロノグラフウォッチとしてテンタグラフが登場!

2022年にコンスタントフォース・トゥールビヨン搭載の“Kodo”がジュネーブ ウォッチ グランプリにてクロノメトリー賞を受賞していたこともあり、Watches & Wondersの会場でお披露目されたテンタグラフにも強い関心が寄せられていた。グランドセイコーらしい堅牢かつ合理的な設計と、その名前に端的に示された高いスペック(TEN beats per second=10振動、Three days=3日間のパワーリザーブ、Automatic=自動巻き、chronoGRAPH=クロノグラフ)もあり、同モデルは各メディアから高い評価を受けていたようだ。

それから2年が経過した2025年、テンタグラフが再びWatches & Wondersに帰ってきた。そろそろ2作目が出てもいいころだと思っていたが、そのデザインは僕の予想から大きくかけ離れたものだった。大胆なカッティングが施された無骨なブリリアントハードチタン製のケース、有機的で躍動感のあるダイヤルは、ともに“獅子(ライオン)”をイメージしたものであるという。

獅子は1960年に誕生した初代グランドセイコー以来、ブランドの象徴として裏蓋に刻まれ続けてきたモチーフだ。百獣の王の刻印には、“最高峰の腕時計を目指す”というグランドセイコーの揺るぎない意志が込められており、本作では“トーキョー ライオン テンタグラフ(Tokyo Lion Tentagraph)”というモデル名にもその精神が投影されている。

なかでも目を引くのが2023年の前作テンタグラフとは大きく印象を異にする、金属の塊を削り出したような荒々しい造形のケースだ。ヘアラインを基調としつつポリッシュとの巧みな磨き分けが施されたその表面仕上げは、素材の質感と重厚さを際立たせている。よく見るとベゼルとケースは2体構造となっており、この設計によって鋭角的なエッジの立った磨き分けが可能になっている。

さらに、獅子のたてがみが風になびく様子から着想を得たというユニークなダイヤルも印象的である。水平方向にランダムな幅で走る有機的なパターンの上に、多面カットが施されたアプライドインデックスが整然と配置され、ダイヤル全体に引き締まった力強さを与えている。各インデックスは凹型に切削され、その内部にはたっぷりとルミブライトが充填されている。極太の針とあいまって、暗所での視認性にも大いに期待が持てそうだ。

クロノグラフのプッシャーはケース同様に大振りで直線的な造形となった。大きく入れられた刻みは指へのかかりがいいだけでなく、SLGC001でも好評を得ていた優れた押し心地も踏襲されている。また、プッシャーの下部から裏蓋に向けてグッと内側に絞られていることにより、サイドビューにはそこまでの重厚さを感じない。また、ここにもポリッシュが施されており、サテン仕上げとのコントラストによって立体感を強調している。

ムーブメントにはもちろん、グランドセイコー初の機械式クロノグラフムーブメントであるCal.9SC5ことテンタグラフを搭載。これはベースとなるCal.9SA5の薄さを生かしたモジュール式のムーブメントであり、曲線を生かしたパーツの造形や美しい仕上げを、シースルーバックから眺めることができる。

なお、この時計の裏側には獅子をイメージした遊び心あるディテールが潜んでいる。以下の写真を見てわかった人もいるかもしれないが、ラバーストラップの取り付け部分近くに4つ指の“肉球”のようなデザインが施されているのだ。このあしらいはただユニークなだけでなく、手首への設置面を抑えてつけ心地を向上させる役割もある。ちなみにこのラバーストラップはトーキョー ライオン テンタグラフのために新たに開発されたもので、シリコンストラップの2倍以上の引っ張り強度を誇るという。

トーキョー ライオン テンタグラフことSLGC009の価格は231万円(税込)。8月8日(金)より全国のグランドセイコーブティックおよびグランドセイコーサロンにて発売予定だ。

なお同じタイミングで、E9(Evolution 9)コレクションにもテンタグラフの新作SLGC007が登場している。黒いサブダイヤルをスノーブルーの岩手山パターンが取り囲んだ、パンダ風ダイヤルが特徴的だ。前作のダークブルーダイヤルと比較して、コントラストが効いたスポーティな顔立ちとなっている。ケースサイズは直径43.2mmで、厚さが15.3mm。価格は198万円(税込)で、5月10日(土)からの販売を予定している。

ファースト・インプレッション
2年の歳月を経て、テンタグラフがこれほど大胆な変貌を遂げるとは誰が予想しただろうか。前作は、日本的な“光と陰の中間の美の豊かさ”を志向するE9のデザインコードを踏襲していたが、今回はスポーツコレクションとしての発表となったためか、一転してメリハリの効いたワイルドな雰囲気が前面に打ち出されている。ダイヤルのゴールドと見返しおよび6時・9時のブラウンの取り合わせも、どこかサファリを思わせる。モチーフとされた獅子の力強さが、視覚的にわかりやすい形でデザインに落とし込まれている。なおセイコーいわく、本作はテンタグラフをスポーツウォッチにするという発想から生まれたものではなく、新たなデザインスポーツウォッチを模索した結果として、グランドセイコーのメカニカルクロノグラフを象徴するテンタグラフこそがふさわしいと考えたそうだ。

なお、この特徴的なケース形状は今回初めて登場したわけではない。グランドセイコーはスプリングドライブ誕生20周年の際に、“獅子”というモチーフを全面に押し出した3部作(SBGC230、SBGC231、SBGA403)をリリースしている。これらのモデルにはすでに、ブレスレットを左右から力強く掴む“獅子の爪”を思わせるラグが採用されていた。その後も、2020年のSBGC238、2023年のSBGC253とSBGA481、2024年のSBGE307と、ブランドは定期的にこのケースデザインを採用し続けている。これら“トーキョー ライオン”と名付けられたコレクションにおいて、グランドセイコーは獅子のたてがみをイメージしたパターンをダイヤルにあしらい、表現方法こそ異なるものの、獅子が持つむき出しの野生を時計全体で力強く表現してきたのだ。

2019年にリリースされたSBGC231。

そしてトーキョー ライオン テンタグラフでは、ケースにもうひと工夫を加えることでさらなる迫力が加味されている。その工夫とは、ケースと同様に直線的な構造を持つベゼルパーツの存在だ。右の写真は2019年に登場したSBGC231だが、ケースの基本形状は同じでありながら、ベゼルのデザインが異なるだけでグッとシャープな印象となる。今回の新作では大胆なパターンが施されたダイヤルに対し、ボリューム感のあるベゼルパーツが絶妙なバランスを保ち、互いに引き立て合いながらダイナミックなルックスを形作っている。セイコーは広報資料でこの時計について「獅子の持つ威厳や気高さに由来するスタイルをまとったスポーツウオッチ」と述べているが、まさにそのコンセプトに則ったデザインだ。

その一方で、着用感はいたって軽やかだ。ブリリアントハードチタン製ということもあるが、手首を掴むように緩やかにカーブしたケースバック、低く取られた重心によって長時間着用していても疲労はあまり感じなかった。それには、特徴的なラバーストラップの存在もひと役買っているかもしれない。少々きつめに手首に巻いても、上にも記載したストラップ裏の凹凸によって締め付けられるような感覚はなかった。

ケース径に対しラグトゥラグは控えめだ(50mm)。ご覧のとおり、成人男性において平均的な太さを持つ(17cm周)僕の手首からもはみ出すことなく収まっている。Photo by Kyosuke Sato

個人的には、この野生的なルックスを実現するために、随所に繊細な加工が施されているというギャップにも魅力を感じている。たとえばプッシャーは従来どおりの円柱形にすれば、はるかにコストを抑えられたはずだ。加えてスムーズな押し心地を追求するために、ケースとの調整には何度も手が加えられたのではないかと思う。また3時・6時・9時位置のサブダイヤルは、実はメインの文字盤とは別体で構成されている。わずかにくぼんだお椀型のフォルムと、ダイヤル表面から浮き立つようなエッジの効いた縁取りは、通常の型打ちでは表現が難しいだろう。だがそのこだわりがあるからこそ、ダイヤルにはグランドセイコーらしい上質さと高級感が宿っている。

この時計は、グランドセイコーによる上質なものづくりを理解していつつ、もう1歩踏み込んだ個性を求める人にこそすすめたい。過去数作に遡る“獅子”モチーフのモデルと比較しても、トーキョー ライオン テンタグラフはパッと見で異質とも言える存在感を持つモデルだ。しかし本作は、前作SLGC001ですでに評価の高いムーブメントと実績のあるケースをベースとしており、決してグランドセイコーのラインナップにおいて突飛なものではない。そして挑戦的なルックスを支えるのは、同ブランドらしい繊細なウォッチメイキングだ。グランドセイコーの美学に慣れ親しんだファンにも、新鮮な発見をもたらしてくれる新たなスポーツモデルである。

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基本情報
ブランド: グランドセイコー(Grand Seiko)
モデル名: スポーツコレクション トーキョー ライオン テンタグラフ
型番:SLGC009

直径: 43mm
厚さ: 15.6mm
ケース素材: ブリリアントハードチタン
文字盤色: ゴールド
インデックス: アプライド
夜光: 時・分針、3時側サブダイヤルの秒針、インデックスにルミブライト
防水性能: 20気圧防水
ストラップ/ブレスレット:ブライトチタン製のバックルが付属したラバーストラップ

ムーブメント情報
キャリバー: 9SC5
機構: 時・分表示、センターセコンド、デイト表示、クロノグラフ機能
パワーリザーブ: 約72時間(クロノグラフ作動時)
巻き上げ方式: 自動巻き
振動数: 3万6000振動/時
石数: 60石
追加情報:平均日差+5~-3 秒

価格 & 発売時期
価格: 231万円(税込)
発売時期: 8月8日(金)
限定: なし(グランドセイコーブティックおよびグランドセイコーサロンにて販売)